ぼくらは群青を探している
 眉を八の字にして迷惑そうな顔をしていた桜井くんが眉はそのまま目だけ見開く。お陰でその表情は打って代わってショックを受けたものに変わった。


「俺と英凜って俺と胡桃より仲良くないの……!?」


 ……今更……?

「それはそうなのでは……?」

「フラれてやがんの」


 対して雲雀くんは鼻で笑った。桜井くんの眉から目には一層力が(こも)る。


「ヒッドくね!? 俺の気持ちは胡桃より英凜なんだけど!?」


 まるで二股をかけられているかのような気分になった。イメージは奥さんより君のほうが好きだよ、なんて(うそぶ)く男……しかも私が不倫相手だ。


「……でも牧落さんはそう思ってないんじゃないかな」

「これって胡桃の気持ちの問題なの!?」

「俺に聞くなよ」

「あ、待って、訂正する。幼馴染だからって一概に誰よりも距離が近いとは言えないと思うけれど、二人が話す態度とか家に来てる事実からは気兼(きが)ねしない親しい関係だってことが見てとれるし、お互いに家族のことを知ってたり名前で呼び合ってたりすることも踏まえれば相当親しい間柄だとは考えられるし、日頃から一緒にいる雲雀くんほどとまではいかなくても、少なくとも三ヶ月前に知り合った私よりは距離が近いと考えていいと思う」

「ごめんなんて?」


 桜井くんは頭に入った情報を掴むようにぐしゃっと両手で頭を抱えた。ふわふわの金髪は素直にくしゃくしゃになる。


「つまり……英凜が俺の名前を呼べばいい!」


 間違ってはいないけど正しくはない。


「それだけじゃ牧落との差は埋まらないだろ」


 雲雀くんのいうことは、やや正しい。


「じゃ血液型とか聞けばいい!? そういや知らない、血液型は?」

「A型……」

「一緒だ!」


 だからなんだ。桜井くんは数学ができるのに、たまにこうして意味のない返答をする。


「あ、侑生はこう見えてO型」

「どう見えてだ」

几帳面(きちょうめん)なのになって話だよ。あとはー、兄弟? 兄貴いるって言ってたもんな。好きな食べ物は?」


 これ何……? いや、桜井くんの目的は「互いの情報を知っていることはある程度親密度を裏付けるので互いの情報を知ろう」ということなのだろうけれど、のべつ幕なしに枝葉(しよう)末節(まっせつ)な情報を聞いて、果たしてそれで親密度は上がるのだろうか……?

「……餃子(ぎょうざ)?」

「え、めっちゃいいじゃん。今度みんなで餃子作ろうぜ!」

「このクソ暑いのに?」

「そこじゃなくない?」

「つかやっぱり英凜が名前で呼んでくれないことに問題あると思わない?」

「思わない」

「思ってよそこは! なんでそこまでして名前で呼ぼうとしないの!?」

「もともとの呼び方の変更を伴ったうえで名前で呼ぶのは親密度が高くなって初めてするものであって軽率にしていいことじゃないと思う」

「俺がいいって言ってんのに!?」

「つかいまの理屈を書いた紙を丸めて牧落の口に突っ込みてぇ」


 ……やっぱり雲雀くんは牧落さんに名前を呼ばれることを良しとしていないらしい。雲雀くんが(かたく)なに牧落さんを苗字で呼ぶ理由がよく分かった。


「……つか侑生と胡桃の例で考えよ! 胡桃がいいつってんのに侑生が胡桃を名前で呼ばないのは侑生が胡桃を好きじゃないし大して仲良くないと思ってるからなわけじゃん?」


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