ぼくらは群青を探している
 それどころか、そのまま何を続ければいいのかも分からなくなった。ほんの数分どころか数秒前まで、従兄弟かと思うくらい親しく話していたのに、さっきの今で何がこんなに喋りづらくさせたんだろう。つい、髪を耳にかけて間を持たせようとしてしまう。


「……英凜ィ」


 桜井くんの声で我に返るまで、いつまでぼんやりしていただろう。はっと振り向けば、桜井くんはテーブルに突っ伏して顔だけ上げた状態でコンロのほうを指さしていた。


「お湯、見とかないでいいの?」

「……大丈夫。そんなすぐ()くもんじゃないし」


 ああ、でも、お茶の用意はしておいたほうがいいかな。急須はどこにあったっけ、お昼の後に使ってたから水切りかごの中だ。シンクのほうへ戻って急須の水気を拭きとりながら、背後の桜井くんと雲雀くんの気配を探る。「なにそれ、高いの?」「なんじゃねーの。よく分からんけど」……私が感じた気まずさに気付いている気配は、ない……? ……いや、そもそも私が他人のセリフだけから内心に気付けるわけがない。ガクリと一人で(こうべ)を垂れた。


「てかお茶って八〇度くらいで淹れるんじゃん、いまあれ何度?」

「え、あ、きっとまだ大丈夫だと思う……」


 私が何かにやられていることに気付いているのかいないのか、桜井くんは遂にテーブルを離れて私の代わりにヤカンを見守り始めた。まだシュ、シュという音は(かす)かにしか聞こえない。その音にまるで耳を澄ませるように顔を寄せる桜井くんに笑ってしまった。お湯の沸く過程を初めて目にする子供みたいだ。


「ていうか、桜井くん、お茶は八〇度とかよく知ってるね。私、いつも沸騰(ふっとう)させてた」

「マジ。いやでも八〇度も合ってんのか分からん、じーちゃんがそう言ってただけ」

「おじいちゃんの世代の人がいうなら、そうなんじゃない」

「英凜のばーちゃんは?」

「うちのおばーちゃんは面倒臭がりだから」


 ああ、よかった。桜井くんとなら話せる。明日には忘れてしまっていそうなほど中身のない会話に心底安心した。

 でも、私が雲雀くんに感じてしまったものはなんだったのだろう。ふ、と雲雀くんを振り向くと、雲雀くんは頬杖をついて私と桜井くんの後ろ姿を見ていたらしかった。


「……どうしたの」

「……いや別に」

「侑生、もしかして紅茶がいいとか思ってる?」

「饅頭に紅茶合わせようなんて思わねーよ」

「確かに雲雀くんは紅茶のほうが似合うかもね。ブルジョワっぽい」

「確かにってなんだよ」


 よかった、少し離れると平気だ。一体さっきの違和感はなんだったのだろう。


「ねー、お茶ってこっちで飲んじゃだめなの?」

「いいけど、なんで? 台所(ここ)、エアコン切ってたから少し暑くない?」

「なんか英凜の部屋に戻ると勉強道具あってイヤだなって……」

「でも結局ずっと喋ってるんだから同じでは」

「だってー、先輩らの勉強会のせいで俺らまでずっと勉強付き合わされてんだよー? 先輩らはさあ、そりゃあ受験組もいるのかもしれないし、留年かかってるのかもしれないけどさあ……」


 桜井くんは台所に手をかけたまま屈みこみ、器用にゆらゆらと揺れた。


「あーてか八月一日に夏祭りあんじゃん、あれ行こ」

「何が楽しくてお前と二人で」

「いやこの流れなんだから英凜も行くだろ」

「ごめん、それ私多分陽菜と行く……」

「ウッソ!?」


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