ぼくらは群青を探している
 ……ああ、でも牧落さんは家が厳しいのか。その意味で、一口に「普通科に入る」と言っても私と牧落さんとで持つ意味は違う。


「でもそんなもんじゃん? 親が怖くて追っかけられねー恋愛なんて三年経ったら忘れてる程度のもんだろ」

「桜井くんは恋愛初心者なのになんでそんな分かったような口をきくの?」

「いまスッゲー馬鹿にされた!? 鼻で笑ったよな!?」

「今のは三国の言うとおり」

「オカシイ……!」

「つかその程度つったって好きには変わりないんじゃね」

「うーん……でもなあ、なーんかそんな感じしないんだよな」


 桜井くんはくしゃくしゃと髪を混ぜながら雲雀くんの対面に座り込んだ。私はお湯が沸いていることにハッと気が付き、やっと火を止める。少し待ったほうが温度が下がっていいかもしれない。


「ほら、アイツ、中学ン時とか、普通にカレシいたじゃん。俺のこと好きなら別のヤツと付き合わなくね?」

「最近になってお前のこと好きになったんじゃねーの」

「そんなことあんの? 好きになるヤツなんて最初っから決まってんじゃね? 仲の良さも大して変わってねーのに、二年も三年も経ってから好きになるとかある? つか胡桃と俺で言えば五年も十年も経ってんのに」


 妙に饒舌(じょうぜつ)な桜井くんはふーっと重たい溜息を吐いた。


「つか、小学生でフラれてんだよ、俺」

「え!!」


 衝撃の告白に急須(きゅうす)をひっくり返しそうになった。大音量でもあったと思う、桜井くんと雲雀くんの目に同時に見られたことが私にさえ分かった。


「……フラ……れたの……小学生で……? なんてマセ……いや大人びた……」

「いまマセガキって言おうとしたよな」

「違う、違うの、ガキとまでは言うつもりはなかったの、マセた子供だなって」

「同じじゃん」

「言い方が違うから! え、っていうか、桜井くん、牧落さんにフラれてたの……?」

「フラれたつーかさあ……」


 桜井くんは腕を組んで考え込み、私が急須を持っていることに気が付いて「あ、てか饅頭(まんじゅう)持ってくる」と立ち上がるので「いいよ、急須と湯飲み持って部屋行こ。多分お茶飲んでると暑いよ」と(そろ)って部屋に戻る羽目になった。

 部屋で勉強道具をテーブルから押しのけ、お茶をすすりながら、桜井くんは気を取り直したように「あー、で、フラれたつーか、子供の口約束ってそんなもんだなってなったつーか」と昔話を続ける。


「女子のほうが男子よりマセてんじゃん? で、幼稚園のときってさあ、女子って、この人と結婚するーみたいなことすぐ言うじゃん」

「私は言ったことないけど」

「英凜は他人に興味なさそうじゃん。胡桃みたいなタイプはそうじゃんって話」


 いまサラリととんでもないことを言われた気がするけれど、気のせいだろうか……?

「胡桃はさー、幼稚園の頃は俺と結婚するーとか言ってたわけ。なんか遠足で花冠とかもらったし」

「んで、お前はその花冠を母親にそのままあげるくらいにはデリカシーがなかった、と」

「え、なんで分かったの」


 てっきり桜井くんから既に聞いているエピソードかと思いきや、ただ雲雀くんにはお見通しだったというだけの話のようだ。


「お母さんがお花を喜ぶと思って渡したってことでしょ? 理論上そんなに変な話じゃないと思うけど……」

「いや牧落はコイツが好きだから花冠作って渡したんだろ。それがそのまま母親に行ってんの謎過ぎね」


 ……言われてみればそうか。


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