ぼくらは群青を探している
 遮られたので本当に怒っているのかもしれない。桜井くんがこの手のからかいにそこまで過敏に反応するとは思っていなかった、今後は分類項目に加えておこう。


「……すいません?」

「……つか男にその手の冗談言うのやめとけ。舜とか本気にしてもしなくてもその気になるから」


 雲雀くんはその手の冗談を言ってはいけない人だろうし……、なんとなく言えなかった。なぜそう直感しているのか、自分でも分からなかったけど。


「……九十三(つくみ)先輩にもっと冗談とか覚えたほうがいいって言われたから冗談言ってみたんだけど……」

「あの先輩も三国に何教えてんだ?」

「冗談覚えるのはいいんだけどさあ、覚える冗談の種類がね」

「あ、あと最近、九十三先輩に一日一回カッコイイって冗談を言う練習してる」

「マジであの先輩、三国に何教えてんの?」

「真面目だった娘がどうでもいい先輩に向かって毎日カッコイイ連呼してるって、英凜の親が知ったらショックで寝込みそうだな。……あ、ごめん」


 桜井くんは一瞬閉口して、すぐに謝った。もしかしたら私の表情が変わってしまったのかもしれない。

 でも、別に私の前で両親の話をするのはタブーでもなんでもない。なんなら、両親が健在でいながら祖母の家に預けられているといっても、それだってネグレクトでもなんでもない。

 むしろ、両親が最大限私に配慮した結果だ。


「……別にいいよ。というか、親は喜ぶんじゃないかな」

「……喜ぶの?」


 ……そういえば、桜井くんに話していないままだったし、雲雀くんにも中途半端なことしか伝えなかったな。


「……うん。友達に冗談を言えるって、いいことでしょ」


 桜井くんは首を傾げた。


「……ま、そりゃそうだな」


 雲雀くんは無言だった。

 読み通り、二人との勉強会は勉強会に名を借りた遊びとしかならず、大して勉強も(はかど)らないうちに二人は帰って行った。ちなみにバイクで乗り付けると「三国家が暴走族に襲われている」と勘違いされそうなので、今日は二人とも大人しくバスで来たらしく、歩く後ろ姿に手を振ることになった。

 おばちゃんが帰ってくる前、急須と湯呑とグラスを洗いながら、ぼんやりと考えた。

『少し、マイペースなところがあるようですね』

 小学一年生のときの担任の先生はそう言った。私に対する評価は〝ただのマイペースな子〟だった。

『三国さんは……すごく、お勉強はできますけれど、他人に対する配慮とか、他人の気持ちに対する想像力とかが、あまりに欠けているように思います。なんというか、アンバランスで……少し、異常な(おかしい)のではないでしょうか』

 でも、小学四年生のときに、その件が取り沙汰(ざた)されてしまった。

 自分に好意を寄せている男子に向けて、真正面から「興味がない」と言うこと、そう言い放つことが相手にどういう意味を持つのかが分かっていないと思われること、そのくせ知的な遅れは見られず、むしろ同年代の子の中で比較的秀でていたこと、おまけとして異常なほどの記憶力があること。

 それを聞かされた母はショックを受けていた。

『お友達と遊べないなんて、病気よ』

 でも、母は、あれよりもっと前に、私を異常だと言ったことがあったのだ。

< 228 / 522 >

この作品をシェア

pagetop