ぼくらは群青を探している
「紀子さん、どうしていらっしゃるのかしらね」
母が出て行った次の年の正月、いつもの親戚の集まりのとき、叔母たちが台所で話しているのを聞いた。
「岡山に戻ってお医者さんやるって聞いたわよ」
「それは聞いたけど、そうじゃなくて、ねえ。元気にしていらっしゃるのかしらって」
「元気は、そりゃあないでしょうよ。お義兄さんが不倫なんてするから」
「でも家のことはお手伝いさんに任せきりでしょう? お嫁さんとしてそれはどうなのよ」
「そんな考え方、古い古い。大体、お義父さんは大歓迎だったじゃない。孫も立派に違いないって」
「そうそう、まあ孫がどうこうはおいといて、紀子さんをあっさり認めたって聞いたときはお義父さんを見直したわね」
「でもなあ、私はやっぱり家のことしないのはどうかと思いますよ。だってお義兄さんだってそれが不満だったわけでしょ、昔ながらの女性ができることをしないところが」
「しなかったって、言ってもねえ。忙しかったじゃないの、紀子さん」
「でも、一回の不倫くらい許してあげてもよかったんじゃないんですかね。侑生くんも真紀ちゃんも、まだちっちゃいんだから」
「侑生くんといえば、お義父さんが許さなかったんですってね、侑生くんを連れて出るのは。真紀ちゃんのことは渋々許して、まあ、連れて行ったわけですけど」
「だって雲雀家の、正真正銘の跡取りよ。でもって母親は紀子さん、優秀に決まってるじゃない。あのお義父さんが手放すはずないわ」
「それは分かってるけど、というか、そんなのあのお義父さんを知ってれば分かりきってるけど、紀子さん、それでよく離婚なさったわね」
「どういうこと?」
「だって出て行くのに真紀ちゃんしか連れて行けない、侑生くんを連れて行けないって分かってるってことよ? 私だったらそんなの絶対出て行けない。出ていくのに子供を連れていいっていうなら、しかも紀子さんみたいにちゃんと自分で稼げるなら別れて出て行ってやるって思うかもしれないけど、子供と離れるって考えたら我慢するわ」
「まあ……そうかもねえ……。せめて成人するまで……」
「成人したって子供は子供よ、私の子供よ。子供に会えないって考えたら、夫がどこの誰と不倫しても離婚はしないわ」
「でも、会えないっていっても、なんだっけ、面会っていうのがあるんですよね? それで会えるわけじゃないですか」
「そんな、冗談じゃないわよ。私の子供に会うのになんで面会なんて言い方されなきゃいけないの。私が私の子供に会えるのは当然よ。それが奪われるなんて、冗談じゃない」
台所で正月の支度をする叔母三人が話すのを盗み聞きしながら、そうか、と納得した。
お母さんは、離婚しないでいることもできたんだ。
それなのに、俺と離れてでも、離婚したくてしたくて仕方がなかったんだ。叔母さん達に言わせれば、子供と離れるくらいならいくらでも我慢できるのに、お母さんにとってはそうじゃなかった。少なくとも、お母さんにとっての俺はその程度だった。真紀はまだ小さいから仕方がないけど、俺のことは置いていっても仕方がないって思ったんだ。
お母さんにとって、俺はその程度の存在だったんだ。
母が出て行った次の年の正月、いつもの親戚の集まりのとき、叔母たちが台所で話しているのを聞いた。
「岡山に戻ってお医者さんやるって聞いたわよ」
「それは聞いたけど、そうじゃなくて、ねえ。元気にしていらっしゃるのかしらって」
「元気は、そりゃあないでしょうよ。お義兄さんが不倫なんてするから」
「でも家のことはお手伝いさんに任せきりでしょう? お嫁さんとしてそれはどうなのよ」
「そんな考え方、古い古い。大体、お義父さんは大歓迎だったじゃない。孫も立派に違いないって」
「そうそう、まあ孫がどうこうはおいといて、紀子さんをあっさり認めたって聞いたときはお義父さんを見直したわね」
「でもなあ、私はやっぱり家のことしないのはどうかと思いますよ。だってお義兄さんだってそれが不満だったわけでしょ、昔ながらの女性ができることをしないところが」
「しなかったって、言ってもねえ。忙しかったじゃないの、紀子さん」
「でも、一回の不倫くらい許してあげてもよかったんじゃないんですかね。侑生くんも真紀ちゃんも、まだちっちゃいんだから」
「侑生くんといえば、お義父さんが許さなかったんですってね、侑生くんを連れて出るのは。真紀ちゃんのことは渋々許して、まあ、連れて行ったわけですけど」
「だって雲雀家の、正真正銘の跡取りよ。でもって母親は紀子さん、優秀に決まってるじゃない。あのお義父さんが手放すはずないわ」
「それは分かってるけど、というか、そんなのあのお義父さんを知ってれば分かりきってるけど、紀子さん、それでよく離婚なさったわね」
「どういうこと?」
「だって出て行くのに真紀ちゃんしか連れて行けない、侑生くんを連れて行けないって分かってるってことよ? 私だったらそんなの絶対出て行けない。出ていくのに子供を連れていいっていうなら、しかも紀子さんみたいにちゃんと自分で稼げるなら別れて出て行ってやるって思うかもしれないけど、子供と離れるって考えたら我慢するわ」
「まあ……そうかもねえ……。せめて成人するまで……」
「成人したって子供は子供よ、私の子供よ。子供に会えないって考えたら、夫がどこの誰と不倫しても離婚はしないわ」
「でも、会えないっていっても、なんだっけ、面会っていうのがあるんですよね? それで会えるわけじゃないですか」
「そんな、冗談じゃないわよ。私の子供に会うのになんで面会なんて言い方されなきゃいけないの。私が私の子供に会えるのは当然よ。それが奪われるなんて、冗談じゃない」
台所で正月の支度をする叔母三人が話すのを盗み聞きしながら、そうか、と納得した。
お母さんは、離婚しないでいることもできたんだ。
それなのに、俺と離れてでも、離婚したくてしたくて仕方がなかったんだ。叔母さん達に言わせれば、子供と離れるくらいならいくらでも我慢できるのに、お母さんにとってはそうじゃなかった。少なくとも、お母さんにとっての俺はその程度だった。真紀はまだ小さいから仕方がないけど、俺のことは置いていっても仕方がないって思ったんだ。
お母さんにとって、俺はその程度の存在だったんだ。