ぼくらは群青を探している
「おい九十三!」
バンッと盛大な音に思考は遮られた。なんだと思うまでもなく、声で誰なのか分かる。蛍さんだ。その蛍さんは怒鳴り声どおりの顔つきで教室内に飛び込んできた。
九十三先輩と残る四人の先輩達は「うわ見つかった!」「ヤベッ」と慌てて反対側の教室扉から飛び出そうとしたけれど、蛍さんが「動くなボケ!」と怒鳴れば九十三先輩以外は蛇に睨まれたカエルのように硬直した。九十三先輩だけは脱兎のごとく逃げ出したけれど、階段側を蛍さんにとられた時点で地の利はない。廊下からはダダダダッ、ドンッと謎の音が聞こえてきた。
暫く様子を見守っていると、さっき蛍さんの顔が出てきたところから再び蛍さんが出てくる。その手には首根っこ (ティシャツのなけなしの襟)を掴まれた九十三先輩がいる。でも身長差のせいで掴みづらそうだ。
「おい三年は集会あるつったろ。逃げんじゃねえ」
「いやだからァー男だらけの集会なんてむさくるしいからァー三国ちゃんを連れて行こうと思ってェー」
「三年生だけで集会なんてこともあるんですね」
その雲雀くんの問いかけには、組織に所属している以上はちゃんとルールに従おうなんて真面目な意識が見える気がした。インテリヤンキーはやっぱり根っこがインテリだ。
蛍さんは九十三先輩をズルズルと引きずりながら私達のほうへやってきて、ヤンキーさながら (いやヤンキーなのだけれど)ドカッとさっきまで九十三先輩が座っていた椅子に腰かける。
「まあな。お前にも言っといていいっちゃいんだけど」
「なんか隠し事?」
「お前は敬語使えつってんだろ、何回言わせんだ」蛍さんは諦めたような声で桜井くんを注意してから「ちょっときな臭い動きがあってな、深緋に」
その一言で、新庄の顔がフラッシュバックした。しかもその写真の背景は古びた倉庫の天井、つまり私の上に跨る新庄だ。
ぶるっと背中が震えたのを隠すように、膝の上で拳を握った。下手をすれば、目の前のこの人があの新庄と組んでいる可能性がある……。
「ま、深緋と群青は仲悪いですもんね。きな臭いつったら群青に仕掛けてくんのかなって気はしますけど」
「わー、雲雀くん鋭いなー。俺の代わりに集会に出て──」
「テメェが出ろつってんだろ」
「でも深緋のことなら俺達にも関係あるんじゃないの? なんで三年だけ?」
「メンツだよ、メンツ。まだ探ってる段階だから、新入りは大人しくしとけ」
探り段階にあることと三年生のメンツを保つことは綺麗に筋が通る話ではないのだが……。
なにか、私達に知られたくない話……? そっと疑念を深める私の横 (下)で、九十三先輩は床にあぐらをかく。
「でもさー、ぶっちゃけ昴夜と雲雀くらいはいてくれたほうがよくない? 見つかってガチンコみたいになったら使えるヤツはいたほうがいいし」
「見つかってって、偵察でもすんですか」
「そんな大層なことはしないけど。うろつく場所をちょっと選ぶくらいかなあ」
「夜遊びはほどほどにしとけって話だよ。あんまり派手に遊んでると危ねーぞ」
はーあ、と蛍さんは椅子の上に胡坐をかき、そのまま肘をついた。蛍さんはよくそのコンパクトな格好をしている。
「お前ら、どうせ夏祭り行くんだろ」
「え、三国ちゃん行くの? 俺も俺も。浴衣?」
「テメェは補習だろ」
「くっそ働きたくないなんて理由で受験組にすんじゃなかったマジで! てかどうせお前ら揃って行くんだろ? 胡桃ちゃんも一緒?」
「いや胡桃は来ないって」
パタパタと桜井くんが手を横に振れば、蛍さんが眉を吊り上げた。牧落さんがまさか桜井くんを夏祭りに誘わないわけがないと思ったのだろう。
「なんだ、喧嘩でもしたのか」
「ちーがうよ。もしかして行く気ある? って聞いたらクラスの友達で行くって言うから」
「聞き方からしておかしいだろ、なんだよもしかしてって」
「もともとこっちは三国の友達入れて四人の予定だったんですよ」