ぼくらは群青を探している
胡桃はハッとした顔に変わり、ローファを手放すと私の腕を引っ張って壁際に寄った。なんだなんだと目を白黒させていると、コソッ……と耳打ちするように手を口の横に当てる。
「英凜って、昴夜のこと好きだったりする? だったら全然応援するんだけど」
……なに……?
思いもよらぬ内緒話に怪訝な顔をしてしまった。きっと人生史上最大に怪訝な顔をしていると思う。というか、今日はコイバナが多い日だ。夏休みに入ってみんな浮足立っているのかもしれない。
「……えっと……ライクとラブでいえば、ライクだけどラブじゃないみたいな……」
「好きじゃないの? 本当に? 幼馴染に遠慮してない?」
胡桃の顔はいつになく真剣だ。いつになく、といってもそれほど表情のパターン化はできていないけれど、陽菜と同じで喜怒哀楽がはっきりしているので分かりやすい。
「……そんなことは……というか桜井くんのことをあんまり男子として意識したことないし……」
「あー、まあ昴夜はガキだもんね。侑生の横にいるから余計そう見えるっていうか」
「胡桃は桜井くんのこと好きじゃないの?」
ここ最近、あちこちで出てきた命題だ。今のところ票数は引き分け、でも好きな男子のことをガキなんて罵倒するわけがないから私と桜井くんが有利。
その期待を裏切らず、胡桃は「まっさかー、あの昴夜だよ!」と笑い飛ばした。
「女心全然分かんないし、約束なんでも全部すっぽかすし! あ、あと買い物の付き合いも悪いもん。胡桃の買い物は長いからヤダっていっつも断られるし」
これで胡桃は桜井くんのことを好きではない側が勝った。なるほどなるほど、と頷きながらあとで二人に報告することに決めた。
「てかねー、この間、英凜が帰った後、あたしと昴夜は家の方向同じだから一緒に帰るわけじゃん? 昴夜、電車の中で寝ちゃって、あたしが起こす羽目になっちゃって。なんか隣にいると弟がいるみたいっていうか」
「ああ、すっごいイメージできる」
「でしょ。付き合うなら年上がいいな、蛍先輩とか。あ、でも蛍先輩はちょっと身長がなー……」
蛍さんに聞かれたら横っ面を叩かれそうなことを胡桃は堂々と、しかも神妙な面持ちで首を捻りながら口走った。
「九十三先輩とか背高いんだけど……ちょっと頭がアレなんだよね……」
胡桃にご執心の九十三先輩は泣くだろう。さすがにこんな話は本人達に伝えてはいけない、とまた一人で頷いた。
そのとき、胡桃の背後、廊下の曲がり角にフッと白黒の人影が現れた──桜井くんと雲雀くんだ。二人の手には三人分のカバンがあるので、きっと私を待ちかねて、生物教室の帰り道の下駄箱で待つことにしたのだろう。
その二人と目があった途端、桜井くんはハッとした顔に変わって素早く引っ込んだ。胡桃は私の視線に気づいて振り返った。間一髪、いるのは雲雀くんだけになった。
「あれ、侑生。まだいたの?」
「三国待ってた」
「あ、そうなんだ、ごめんごめん」
はい、どうぞどうぞ、と言いながら胡桃はさっと一歩退いて、そのままローファを履く。
「あ、昴夜に会ったら言っといて。お素麺あげるから今日の夜は家にいてって」
「ああ」
「じゃねー」
カンカンカン、とコンクリの上をローファーの走り去る音が響き、それが小さくなった後、そ……っと桜井くんが顔を出す。
「……行った?」
「英凜って、昴夜のこと好きだったりする? だったら全然応援するんだけど」
……なに……?
思いもよらぬ内緒話に怪訝な顔をしてしまった。きっと人生史上最大に怪訝な顔をしていると思う。というか、今日はコイバナが多い日だ。夏休みに入ってみんな浮足立っているのかもしれない。
「……えっと……ライクとラブでいえば、ライクだけどラブじゃないみたいな……」
「好きじゃないの? 本当に? 幼馴染に遠慮してない?」
胡桃の顔はいつになく真剣だ。いつになく、といってもそれほど表情のパターン化はできていないけれど、陽菜と同じで喜怒哀楽がはっきりしているので分かりやすい。
「……そんなことは……というか桜井くんのことをあんまり男子として意識したことないし……」
「あー、まあ昴夜はガキだもんね。侑生の横にいるから余計そう見えるっていうか」
「胡桃は桜井くんのこと好きじゃないの?」
ここ最近、あちこちで出てきた命題だ。今のところ票数は引き分け、でも好きな男子のことをガキなんて罵倒するわけがないから私と桜井くんが有利。
その期待を裏切らず、胡桃は「まっさかー、あの昴夜だよ!」と笑い飛ばした。
「女心全然分かんないし、約束なんでも全部すっぽかすし! あ、あと買い物の付き合いも悪いもん。胡桃の買い物は長いからヤダっていっつも断られるし」
これで胡桃は桜井くんのことを好きではない側が勝った。なるほどなるほど、と頷きながらあとで二人に報告することに決めた。
「てかねー、この間、英凜が帰った後、あたしと昴夜は家の方向同じだから一緒に帰るわけじゃん? 昴夜、電車の中で寝ちゃって、あたしが起こす羽目になっちゃって。なんか隣にいると弟がいるみたいっていうか」
「ああ、すっごいイメージできる」
「でしょ。付き合うなら年上がいいな、蛍先輩とか。あ、でも蛍先輩はちょっと身長がなー……」
蛍さんに聞かれたら横っ面を叩かれそうなことを胡桃は堂々と、しかも神妙な面持ちで首を捻りながら口走った。
「九十三先輩とか背高いんだけど……ちょっと頭がアレなんだよね……」
胡桃にご執心の九十三先輩は泣くだろう。さすがにこんな話は本人達に伝えてはいけない、とまた一人で頷いた。
そのとき、胡桃の背後、廊下の曲がり角にフッと白黒の人影が現れた──桜井くんと雲雀くんだ。二人の手には三人分のカバンがあるので、きっと私を待ちかねて、生物教室の帰り道の下駄箱で待つことにしたのだろう。
その二人と目があった途端、桜井くんはハッとした顔に変わって素早く引っ込んだ。胡桃は私の視線に気づいて振り返った。間一髪、いるのは雲雀くんだけになった。
「あれ、侑生。まだいたの?」
「三国待ってた」
「あ、そうなんだ、ごめんごめん」
はい、どうぞどうぞ、と言いながら胡桃はさっと一歩退いて、そのままローファを履く。
「あ、昴夜に会ったら言っといて。お素麺あげるから今日の夜は家にいてって」
「ああ」
「じゃねー」
カンカンカン、とコンクリの上をローファーの走り去る音が響き、それが小さくなった後、そ……っと桜井くんが顔を出す。
「……行った?」