ぼくらは群青を探している
「行った」

「雲雀くん、カバンありがと」


 私が雲雀くんからカバンを受け取る横で、桜井くんはまだ警戒して「……戻ってきたりしない? 大丈夫?」と下駄箱の外の様子をうかがっている。


「お素麺の話だけでそんなに警戒しなくても」

「素麺の話はいいんだけど。これ以上噂広まっても困るし」

「なんでそんなに噂になると困るの?」

「え、ヤじゃない? 英凜だって侑生と付き合ってるなんて噂流れたらイヤじゃん?」

「俺でたとえるのやめろよ」

「イヤというか申し訳ないけど……桜井くんの場合は胡桃が別にいいって思ってそうだし」

「俺がイヤなの! ね! そこ分かって!」

「あ、でもさっき桜井くんのこと別に好きじゃないって言ってたよ」

「え、あ、そうなの?」


 拍子抜けした顔のとおり、その手からもポトリとスニーカーが落ちた。


「なんだ……それなら別にいいんだけど……」

「けど?」

「……いや別にいいけど」


 コンコンと桜井くんはスニーカーを引っ掛けて地面を蹴り、横着(おうちゃく)な履き方をしながら首を捻った。


「……なんか、口では違うつってたけど、やっぱ好かれてると思ってたのかな? なんかこう、寝耳に水みたいな」

「それちょっと違うくね。釈然(しゃくぜん)としないくらいだろ」

「うーん、うん、そうかも。まあいいんだけどさ、別に胡桃と両想いかも! みたいな青春してたわけでもないし」


 言いながらも、桜井くんは「はて、はて」と首を左右に傾げ続けていた。桜井くんでさえ、心のどこかでは胡桃に好かれてると思ってたらしい……。


「……結局私の一票しか入ってなかったのか……」

「牧落が昴夜を好きかどうか話?」雲雀くんは黒いスニーカーを引っ掛けながら「つか牧落、三国の前だからそう言ってるだけじゃねーの」


 “私の前だから”ということの意味が分からなかった。少し考えてみるけれど、桜井くんとの親密度でいえば、私よりも胡桃のほうがずっと優位に立っているわけで、その状態であえて私に嘘を吐く理由はない。


「……そうは思えないけど」

「ま、いーじゃんいーじゃん、その話終わり。あ、ご飯はお好み焼きに決定しましたー。東駅にあるヤツ」


 校舎から出ると、ジリッとでも聞こえてきそうな陽光が地面を焼いていた。むわっと湿度の高い温風が肌にまとわりつき、私達は一斉に口を(つぐ)む。

 ミンミンミンミン──と鳴き声のとおり名付けられたミンミンゼミが学校を取り囲むように鳴いている。音だけでも暑い。

 この暑さの中、鉄板の前に立つ元気はない──この沈黙の内容を解くとすれば、きっとその一言だ。


「……やっぱお好み焼きは暑くね?」

「……いや俺の舌はもうお好み焼き」

「三国は?」

「……考えるの面倒だしお好み焼きでいいんじゃない」

「……クソ暑ィ」


 じわりじわりと、(むしば)むような暑さが肌に乗る。学校に守られていた私達を、暴虐(ぼうぎゃく)な夏が、ゆっくりと侵食し初めていた。

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