ぼくらは群青を探している
(3)認識
電車を降りながら、思わず顔をしかめた。浴衣と下駄の組み合わせは、電車の乗降が大変で仕方がない。
夏祭りの夕方、中央駅構内はいつもよりたくさんの、そして浴衣の人で溢れていた。紅鳶神社での待ち合わせだと人が多すぎるから中央駅の南北線の改札前にしよう、なんて言い出したのは陽菜だったけれど、そもそも中央駅のほうがデフォルトで人が多すぎる。でも紅鳶神社ほどじゃないだろうし、密度という意味ではまだマシではあった。百均で買った扇子でパタパタと顔の熱を飛ばしながら改札へ向かっていると、すぐに銀色の髪が見つかった。桜井くんと雲雀くんはこういうときはすごく便利な頭をしてくれている。
「雲雀くん、お待たせ」
いつものティシャツ姿の雲雀くんは、携帯電話から顔をあげると目を丸くした。
「……浴衣めんどいって言ってなかったっけ」
「おばあちゃんが勝手に新しいの作ってくれてたみたい」
本当に、勝手に、だ。昨日「陽菜達とお祭り行ってくる」と言うと「そうそう、浴衣を作ったのよ」と問答無用で出てきた。私が夏祭りに行かないほどに陰気な孫だったらどうするつもりだったのだろう。
お陰でセンスはおばあちゃん任せ、深い青色に牡丹柄だ。今風とは正反対の位置にある、一言でいえば古風な浴衣だった。
ただ、雲雀くんは「ふーん」と少し感心したような顔で頷いた。
「三国のばあちゃん、センスいいな」
……これでいいんだ。道行く人々はピンク色だの、そうでなくてもラメ入りの紺色だの、いわゆる今風の、派手というか煌びやかというか、そんな浴衣を着ているので、雲雀くんの感想は意外だった。
「……雲雀くん、好みのタイプ古いって言われない?」
「なんでだよ。つか三国が選んだんだと思ってた、群青色だろ」
私の好みが古いと思われていたのか、とショックを受けそうになるも、雲雀くんの着眼点は別のところにあった。言われてみれば確かに、いわゆる群青色というのは私が着ている浴衣の色だ。
「蛍さんとか、先輩らが見たら喜びそうだな。三国は分かってんなあって」
「名実ともに群青に染まってるって? 染物だけに」
「……最近、先輩達の悪い影響受けてるよな」
染物のくだりは無視されてしまったので、つまりそういうことだ。咳ばらいをして誤魔化しながら (いや誤魔化せてはいないけれど)「……そうかもしれない、九十三先輩とか」責任を九十三先輩に押し付けることにした。
雲雀くんがもう一度口を開こうとすると「お待たせ―!」と陽菜が現れた。黄色の地に水色とピンク色の朝顔模様、今風の浴衣ならこうでなくてはといわんばかりの模範的な恰好だった。奇しくも私と陽菜のキャラクターが顕れている。
「英凜、浴衣可愛いな! やっぱ着て正解じゃん」
「ありがと。陽菜も可愛いし似合ってるよ」
「へっへ。雲雀も着ればよかったのに」
「動きにくいだろ」
「そうだけど、祭りの日くらいいいじゃん」
口を尖らせる陽菜の後ろで「ゆーきぃー」と桜井くんの声が聞こえた。振り向くと「え、あれ、英凜か」と驚いた顔に迎えられる。雲雀くんと違ってグレーの縞模様の、ありふれた甚平だった。
「浴衣着ないって言ってなかったっけ?」
「そのくだり、さっきやった」
「おばあちゃんが作ってくれてて、陽菜が浴衣着たがってたから、じゃあ着るかと思って」
「へー、いいじゃん、似合う似合う」