ぼくらは群青を探している
 へらへらっと笑いながらなんでもないように言えるあたりに、桜井くんの白人遺伝子を感じた。そういえば最近の桜井くんはめきめきと背が伸びて、私と少し視線が離れた。雲雀くんと並んでもあまり変わらなくなってきたから、本当に突然伸びたのだと思う。夏休み前の胡桃は桜井くんのことを「ガキ」なんて笑っていたけれど、今年が終わる頃にはそうは言わなくなるかもしれない。


「んじゃ行こ行こ。花火始まる前に飯食いたい」

「花より団子だなお前」


 南北線に乗り換えようとホームに降りると、ちょうど電車が入ってきた。でもその扉が開く前から「もう入りません」といわんばかりに車内はパンパンで、ホームに降りたばかりの私達が入れる状態ではない。完全にすし詰め状態だ。去年はこんなことなかったはずなのにと思ったけれど、お祭りがある三日間の中でも、花火の日は人が多いことを思い出した。

 きっと桜井くんもそれを思い出したのだろう、「うげ」と顔をしかめてみせた。


「やべー、人酔いそう。つか英凜、あれ大丈夫なの」

「大丈夫って?」


 聞き返した後で、九十三先輩が、私が水着を買いに行った日に「人酔い」したと聞いたと話していたことに気が付いた。もしかしたら桜井くんの中では、私は「人酔い」したことになっているのかもしれない。


「まあ、多少気分が悪くなることはあるけど、人並み」

「あ、そう?」

「英凜ってそんな人混みに弱かったっけ?」

「まあ、だから人並みに。人並みより嫌いではあるかもしれないけど」


 ほんの数分後、ラシド#ーレシ……と電車の接近を知らせる音楽が鳴り始めた。ホームには人が溢れかえっているし、やってきた電車は相変わらず一杯だし、列の半ばにいる私達が乗ることができるかどうかは疑わしい。桜井くんは再度「うげ」と天井を(あお)いだ。


「人多いな」

「歩いて行けばよかったな」

「でも浴衣だと歩きにくくね?」

「レディーファーストだ」


 陽菜が茶化すと同時に電車は停車した。扉が開いても、中の人はほんの二、三人が降りただけだ。やっぱりみんな行先は同じらしい。

 諦めるより早く、背後からの圧力でゆっくりと電車内に押し込まれ始める。体の前に後ろにと感じる人の体温のせいで駅構内の涼しさは掻き消されてしまった。「んぎゃ」なんて陽菜の声が聞こえたかと思えば、電車の中で陽菜の姿が見えなくなっていた。桜井くんの金髪も人の波に呑まれ、私も同じように呑みこまれる。お陰で三人がどこにいるのか分からなくなってしまったけれど、どうせ紅鳶神社駅で降りるから再会はできるだろう。

 プシューッ、と扉が閉まると同時に、圧迫が少し緩くなり、ドン、と自分の背中が扉にぶつかった。同時に、頭上にバンッと何かが叩きつけられるような音と振動が響く。驚いて顔をあげるより早く「悪い、三国」と雲雀くんの申し訳なさそうな声が降ってくる。どうやら押された雲雀くんが私の頭上に腕をついてその体を支えようとしたらしい。


「……全然、仕方ないし、気にしないで」


 なんて口先ではいいつつ、本当は気にしているのは自分だった。

 文字通り、目と鼻の先に雲雀くんの胸元があった。灰色のティシャツのVネック、そのVの底の部分とでもいえばいいのだろうか、とにかく灰色と肌色の臨界点ともいうべき部分が目の前にあった。

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