ぼくらは群青を探している
話題を変えた瞬間に戻って来た、挙句最も怪しい能勢さんの名前に素っ頓狂な声が出てしまった。お陰で雲雀くんの目はぱちくりと瞬きして「……深緋ががきな臭いって話。どうかしたか」終業式の日に先輩達が話していたことをそのまま繰り返す。なんだ、そんなことか……。
「ううん、何も……。結局何の話だったの?」
「大した話じゃないといえばそうなんだけどな、簡単にいうと深緋が群青を潰したいって話だった」
その話に反応するより早く、一駅分移動した電車が一度止まり、慣性の法則に従ってガクンと体が傾く。幸いにも反対側の扉が開いたので、私が電車からはじき出されることはなかった。
ただ、代わりに雲雀くんがドンッともう一方の手を扉についた。途端、ふわりとミントの香りがして、ドキリと心臓が跳ねた。人が多くて蒸し暑い電車内にそぐわない、清涼感のある香りだ。
この距離で、この香りがするということは、雲雀くんの香りに違いない。しかも今の人の波のせいで、扉を背にまるで雲雀くんに追いつめられているかのような図が完全に出来上がってしまった。
お陰で言葉に窮した。雲雀くんも同じだったのだろう。両手を私の頭上についたまま、眉間に深く皺を刻み、珍しく本当に申し訳なさそうな顔をしていた。珍しいというか、多分見たことがない。
「……本当に悪い」
「……仕方ないからいいって」
でも、雲雀くんの体温を身近に感じるのはやっぱり緊張する。密着こそしていないものの、巷でみる恋人のように体を近づけている私達は、傍からどう見えているのだろう。考えていると頭に熱が上ってきたので、もう一度深呼吸して心を落ち着かせる努力をする。
でも、どうやら無駄なようだ。浴衣とティシャツが触れ合いそうなほど近い距離は離れる気配がない。これで平然としていろというほうが無理な話だ。顔の熱も引く気配はない。きっといまの私の顔は真っ赤だろう。
「……さっきの話だけど」
さっきより一層近いところから声が降ってきたので、また心臓が跳ねた。しかも見上げた先の雲雀くんの頬までほんのり赤い。
「……まあ、もともと群青と深緋って仲悪いんだけど、深緋が蛍さんのことをかなり煙たがってて。今年の深緋は一年もまあまあ力あるヤツが揃ってるから、蛍さんが前面に出てる間にメンツ含めて潰しときたいんじゃないかって」
照れたように顔を赤くするのも、早口で捲し立てるのも、雲雀くんらしくなかった。まるで雲雀くんまで緊張しているみたいだ。
「……深緋のトップの人って、蛍さんみたいじゃないって言ってたよね」
緊張を誤魔化すために喋ったけれど、無駄だったどころか逆に墓穴を掘った。喋り出した自分の声が妙に硬い。
「山崎な。深緋のトップっぽい外道だよ。引くほどガタイが良いから、蛍さんが普通にやったら負けんじゃね」
「それって……」
「群青はタイマン吹っ掛けまくるチームじゃないのは、まあ蛍さんの体格もあんのかな。タイマン吹っ掛けられたら蛍さんだと勝てなさそうだな……」
「タイマンってなに?」
「一対一」
それはマンツーマンなんじゃないかと思ったけど、マン対マンから派生したと言われたら納得するような気もした。
「……わざわざ準備して一対一で喧嘩するってこと?」
「部活の団体戦とかあるだろ、ああいうイメージ」
「ううん、何も……。結局何の話だったの?」
「大した話じゃないといえばそうなんだけどな、簡単にいうと深緋が群青を潰したいって話だった」
その話に反応するより早く、一駅分移動した電車が一度止まり、慣性の法則に従ってガクンと体が傾く。幸いにも反対側の扉が開いたので、私が電車からはじき出されることはなかった。
ただ、代わりに雲雀くんがドンッともう一方の手を扉についた。途端、ふわりとミントの香りがして、ドキリと心臓が跳ねた。人が多くて蒸し暑い電車内にそぐわない、清涼感のある香りだ。
この距離で、この香りがするということは、雲雀くんの香りに違いない。しかも今の人の波のせいで、扉を背にまるで雲雀くんに追いつめられているかのような図が完全に出来上がってしまった。
お陰で言葉に窮した。雲雀くんも同じだったのだろう。両手を私の頭上についたまま、眉間に深く皺を刻み、珍しく本当に申し訳なさそうな顔をしていた。珍しいというか、多分見たことがない。
「……本当に悪い」
「……仕方ないからいいって」
でも、雲雀くんの体温を身近に感じるのはやっぱり緊張する。密着こそしていないものの、巷でみる恋人のように体を近づけている私達は、傍からどう見えているのだろう。考えていると頭に熱が上ってきたので、もう一度深呼吸して心を落ち着かせる努力をする。
でも、どうやら無駄なようだ。浴衣とティシャツが触れ合いそうなほど近い距離は離れる気配がない。これで平然としていろというほうが無理な話だ。顔の熱も引く気配はない。きっといまの私の顔は真っ赤だろう。
「……さっきの話だけど」
さっきより一層近いところから声が降ってきたので、また心臓が跳ねた。しかも見上げた先の雲雀くんの頬までほんのり赤い。
「……まあ、もともと群青と深緋って仲悪いんだけど、深緋が蛍さんのことをかなり煙たがってて。今年の深緋は一年もまあまあ力あるヤツが揃ってるから、蛍さんが前面に出てる間にメンツ含めて潰しときたいんじゃないかって」
照れたように顔を赤くするのも、早口で捲し立てるのも、雲雀くんらしくなかった。まるで雲雀くんまで緊張しているみたいだ。
「……深緋のトップの人って、蛍さんみたいじゃないって言ってたよね」
緊張を誤魔化すために喋ったけれど、無駄だったどころか逆に墓穴を掘った。喋り出した自分の声が妙に硬い。
「山崎な。深緋のトップっぽい外道だよ。引くほどガタイが良いから、蛍さんが普通にやったら負けんじゃね」
「それって……」
「群青はタイマン吹っ掛けまくるチームじゃないのは、まあ蛍さんの体格もあんのかな。タイマン吹っ掛けられたら蛍さんだと勝てなさそうだな……」
「タイマンってなに?」
「一対一」
それはマンツーマンなんじゃないかと思ったけど、マン対マンから派生したと言われたら納得するような気もした。
「……わざわざ準備して一対一で喧嘩するってこと?」
「部活の団体戦とかあるだろ、ああいうイメージ」