ぼくらは群青を探している
「いやそれ言われたら俺と侑生がキモいからやめよ!」

「どんどん食いにくくなるだろやめろ」


 苛立った雲雀くんはもう食べないのかと思ったけれど、おもむろに私の左手ごと掴むと──その熱にドッと心臓が跳ねる──そのまま引き寄せてぶどうを一個齧(かじ)った。


「さんきゅ」


 私の手を離し、ぶどうを咀嚼(そしゃく)しながら口の端の飴を親指でぬぐう雲雀くんに、陽菜が肩を震わせる。


「雲雀……お前マジイケメンだな……!」

「なにがどうだよ」

「俺もそういうイケメンな食い方したい」

「桜井くんもぶどう飴食べる?」

「食べる食べる」


 喜び勇んだものの、ぶどうが串の根元に近くて、雲雀くんのように串の上から齧ることはできない。桜井くんが「む……」と首を(ひね)るのでそのまま串を渡すことになった。桜井くんは「わーい」と串を持って横から(かじ)り「……いやそういうことじゃなくない?」当初の目的が達成されていないことに気付いたらしい。でもその口は満足気に動いている。


「……桜井くんはそのままで変わらないでね」

「え、なに、どういう意味」

「つか三国、三分の一しか食ってなくね」

「りんご飴を一口あげるのとぶどう飴のぶどう一個あげるのって違うよな。なんかぶどう飴一個あげれるのって心広い気しない?」

「あー、分かる。あたしあげらんねー」

「池田の心狭ッ」


 桜井くんと陽菜は揃って声を上げて笑いながら「あ、焼きそば食いたい。俺買ってくる」「あー、あたしも」と次の屋台へ行ってしまった。あの二人、精神年齢が近いのかもしれない。


「三国、なんか食いたいもんある」

「いま食べたばっかりだから別に。なんで?」

「ぶどう飴、三分の一しか食ってなくねって話だよ」


 ケチくさい計算をすれば、三百円で買ったぶどう飴の二百円分を桜井くんと雲雀くんが食べてしまったということになるということだ。実際、三分の一しか食べることができなかったのは残念な気持ちもあるけど、雲雀くんと桜井くんは後から三分の二の埋め合わせをしてくれると分かっていたので損した気持ちはない。


「でもぶどう飴は私の希望で買ったものだし。雲雀くんが買ったものを分けてくれれば」

「……あっそ」


 私達がそんな話をする横で桜井くんは早速焼きそばを買って戻ってきた。ご丁寧に割りばしを二本持っていて「英凜も食うだろ?」と早速三分の一のお返しをしてくれるつもりらしい。


「陽菜は?」

「気変わったって、カステラ並んでる。焼きそばの隣」

「俺、フライドポテト買ってくる」

「んじゃここいるぞ」


 ちょうど屋台の裏に駐車場のスペースがあったので、私と桜井くんだけそこへ逃れる。桜井くんは焼きそばのパックを左手に、右手に割りばしを持ち、両者を見比べて「……箸が割れない!」と愕然(がくぜん)とするのでパックを一度引き取った。本当に弟みたいだ。


「ありがとー」

「きっとこういうのって、二人だったら雲雀くんの役目なんだろうね」

「あー、うん、そうだな。なんでだろうな、俺達全く同じ年ってことになるのに。妹いるから違うのかな」

「……私、雲雀くんが妹と離れて暮らしてるって知らなかった」


 桜井くんから焼きそばのパックを受け取りながら、ついさっき犯した間違いを呟いた。でも桜井くんは「あー、侑生、言ってなかったんだ?」といつもの調子だ。


「でもそっか、離婚って友達に話すタイミングないよな」

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