ぼくらは群青を探している
 ただ分かったのは、普段は人懐こい丸い目が、その面影を残さないほどに鋭く細められ、たった一瞥(いちべつ)で私の状況を観察したことだけだった。逆に、暗がりなのにそんなことが分かるほど、その変容は(せい)まじかった。


「……侑生、これ」

「……お前が考えてるとおりで間違いない」


 冷ややかとしか形容しようのない桜井くんの目を、初めて見た。さっきの雲雀くんの声を聞いたときと同じく、本能的に体が震える。

 桜井くんはそのまま、体のバネを確かめようとするように、ぐっと足を伸ばす。


「……深緋の連中は後ろに通さない。おっけい?」

「オーケー。最優先は新庄の手のデジカメ」

「んじゃ、写ってんだ?」


 ぷらぷらと、新庄の手がデジカメを揺らす。


「三国ちゃんのハメ撮り」


 その言葉の意味も、それを言われたときの二人の顔も、私には分からなかった。それでも、新庄の下劣な顔が私を見た、たったそれだけで浴衣の下まで舐め回すように見られた気がして、浴衣ごと自分の肩を抱いた。


「……新庄」


 雲雀くんがゆっくりと腰を落とす。


「テメェの腐った頭、今日こそカチ割ってやるよ」


 二人の足が、息ぴったり、同時に地面を蹴った。

 濃紺と白のコントラストが、束になって二人に迫る。

 桜井くんが来る直前、せめて桜井くんもいれば、なんて、どうして考えたのだろう。桜井くんがいたところで少なくとも十五対二だ。普通に考えれば(かな)うわけがないことくらい、猿でも分かる。

 普通に、考えれば。いま目にしている勢いがやがては自分に迫ってくるものかのように感じられ、肩を抱く手にぎゅっと力を込めた

 初めて見る光景だった。喧嘩じゃない、乱闘だった。ゴールデンウィークの海岸での喧嘩なんて比じゃない。海岸という足場の悪さがそうさせたのか、それとも……二人が本気じゃなかったのか。

 それほどまでに、圧倒的なのだ。たった二人しかいないのに、一人また一人と濃紺と白のコントラストが闇の中に沈んでいく。

 もちろん無傷じゃない。二人の体に打撃が加わる瞬間もあるし、その瞬間に二人が表情を変える瞬間もある。それでもその瞬間があるだけで、崩れることはない。

 ああ、そうか、やっぱり蛍さんが言っていたとおり、この二人は特別なんだ。ぎゅっと、更に肩を強く握りしめた。だって二人がいるだけで深緋は烏合(うごう)の衆も同然だ。二人がいれば百人力、一騎当千(いっきとうせん)、そんな風に言っても、何も大袈裟なんかじゃない。

 知らなかった。でもそうだ、二人の、いわばストッパーの外し方の上手さは、入学式の日から知っていた。先輩達を迷わず一方的に叩きのめしたのを見たあの日から、この二人の鬼神(きしん)じみた強さは知っていた。ただ、近くにいるとあまりにも普通だから忘れていただけで。

 そう、あまりにも、普通なのに、まるで死神のように、他人の命運を決めるだけの力を持っている。

 私から少し離れたところで、トン、と二人が背中を合わせた。桜井くんは「うわー甚平(じんべい)汚れた」と余裕そうに悲しい声を出す。


「どうせもう小さくなってんだろ」

「パジャマにしようと思ってたのに」

「小さいと窮屈(きゅうくつ)で寝にくくね」

「確かに」


 雲雀くんが頬を手の甲で(ぬぐ)った。今度は返り血じゃなくて本当に怪我をしたのだろう。


「……二人とも」

「だーいじょうぶだよ、英凜」


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