ぼくらは群青を探している
 私が続きを(つむ)ぐよりも先に、桜井くんが(ほが)らかな声で返事をする。


「俺達、最強だから。英凜に近付くヤツは、全員ぶち殺せるよ」


 口は笑っていて、それなのに半分だけ私を振り向いた目は一ミリたりとも笑ってなんかいなかった。

 二人の向こうにいる、富田という先輩がペッと(つば)を地面に吐いた。深緋のメンバーは半分に減っている。


「相変わらずでたらめだな。深緋に来てればすぐ幹部にしてやったのに」

富田(デブ)にそんな権限あんのかよ」

「あん?」


 およそ先輩相手とは思えない悪口を吐き捨て、雲雀くんはザリ、ザリと地面をサンダルの裏で(こす)りながら、鎌首(かまくび)(もた)げる。


「新庄が、仕組みやがったんだろ。新入りの一年に提案されたクソほどゲスい提案をほいほい実行するバカが幹部やってんのか? お前ら、体重(ウェイト)で序列でもつけてんのかよ」

「やっべー、俺負けちゃいそう」


 桜井くんが軽口で(あお)りを入れる。富田という先輩の口角が(ゆが)んだのはきっと苛立ちだ。ただ、隣の新庄は変わらない微笑を(たた)えたまま、くるくるとデジカメをストラップを使って振り回す。


「呑気なこと言ってるけどさあ、良いの? 俺がこれ持ち逃げしちゃったら、ここで三国ちゃん守ったってなーんも守れないでしょ?」


 確かに、その点は妙といえば妙だ。雲雀くんに叩き潰された二人が写真を撮っていたことは間違いない。そしてその写真は──少なくとも、この二人にとっては──強い交渉材料となる。それなら、新庄は二人を残りの深緋のメンバーに任せてこの場を去ったほうが得策だ。


「お前はクッソみたいなゲス野郎だから、そういうみみっちいことはしないんじゃん?」桜井くんはバキリと指を鳴らして「お前は、そういう弱味を大事に抱えて逃げるより、目の前で他人の尊厳とかいうヤツを踏みにじりたいタイプじゃん。俺らぶっ潰して三国に手出す以外、頭にないだろ」


 ただ、その合理が当てはまらないほど、新庄がゲスの可能性はいくらでもある。少しだけ冷静に回り始めた頭で、ゆっくりと新庄の顔を観察する。新庄の口角はいつもどおり吊り上がっていて、その真意は読めない。


「そうだねえ、そりゃ、一番いいのは君らの真ん前で三国ちゃんをやっちゃうことかもねえ。ボッキリ心折れてくれそうだし」


 二人は無言だった。残った深緋のメンバーも、じりじりと、二人とは一定の距離を保ったまま、仕掛けてくる気配はない。


「でもそれじゃ、いま最強のカードを切っちゃうことになるでしょ? それはねえ、少し勿体ないわけ。もっともっと、三国ちゃんにはその価値を上げてほしいわけだよ。ねえ、三国ちゃん?」


 暗がりでも分かる。新庄と目が合う。無意識に逸らしてしまった後で、こういう有様だから新庄に目をつけられてしまうのだと思うけれど、もう遅い。

 桜井くんの金髪が揺れて、私を振り向く。なまじ秘密があるせいで、その目からも目を逸らしてしまった。……桜井くんには何も言わないままだけれど、この有様のせいで、新庄との間に何があったかバレてしまうだろうか。それとも、新庄とは別に、最初から転がっていた二人のせいでしかないと思ってくれるだろうか。


「……新庄、お前が三国にご執心(しゅうしん)なのはよく分かったけどな、三国はタイプじゃねーってよ」

「そう? 残念だなあ、俺はタイプなんだけど。体含めて」

「ッオイ、ゆーき!」


< 277 / 522 >

この作品をシェア

pagetop