ぼくらは群青を探している
 私は目を白黒させてあたりを見る。でも深緋のメンバーはみんな桜井くんと雲雀くんの近くにいるし、(やしろ)の左右は林になっていて人が来る気配は、ない。私がいまここに一人でへたり込んでいることには、なんの危険もない──。

 ゴッ、と鈍い音が響いた。


「侑生!」


 ハッと視線を戻すと、雲雀くんが地面に転がり、桜井くんが、起き上がった富田に殴り飛ばされたところだった。

 さっきの新庄のセリフは、ブラフだった。立ち上がった新庄の吊り上がった口角とこの状況で、明らかだった。


「バッカだなあ。君ら、そのブラフ警戒してたから、三国ちゃんの近くから離れてなかったんだよねえ?」


 肩を押さえながら、新庄が雲雀くんを、まるで野良猫でも蹴り飛ばすように、蹴っ飛ばした。見ている私が思わず息を呑んでしまうほどの勢いで、雲雀くんが(うずくま)るより早く胃液かなにかを吐き出すのが見えた。

 その頭が足に弾き飛ばされ、体がドッとうつ伏せに地面に叩きつけらる。その頭を、新庄はすかさず踏みつけた。


「雲雀くん!」

「来んな三国!」

「いーよ、三国ちゃん、こっちおいで」


 思わず社から離れて駆け出しそうになって、新庄の笑みに体が止まった。


「もっかい、写真撮らせてくれる? そしたら雲雀と桜井は置いて引き上げるよ」


 ガタガタと、体が震えた。乱闘が始まってから開きっぱなしの目が痛くて涙が出そうだった。

 先輩達が、九十三先輩が、来ない。間に合わない。圧倒的に見えていた二人は、あのブラフが成功するまで、ギリギリの均衡を保っていて、二人のほうへやっと傾けたところに過ぎなかったのだ。一度でも均衡が崩れたら、おしまいだ。だって相手は十人近くいるのだから。

 それでも、じゃあ、どうすればいい。だって結局ここで私ができることは──。


「マジで英凜のこと大好きだな、新庄」


 富田を再度殴り倒した桜井くんは、肩で息をしていた。きっと私が見ていない瞬間にも殴られたのだろう、頬を手の甲で拭いながら、ゆっくりと体勢を立て直していた。


「でも英凜は、お前のこと大嫌いだってさ」

「あ、そう? 片想いはねえ、心が痛いから嫌いなんだ」


 新庄は肩を竦めながら、雲雀くんの腕を拾い上げるように掴んだ。そしてその肩を足で押さえる。

 まさか。


「どのくらい痛いかっていうと、こんくらい?」

「やめて!」


 雲雀くんに、起き上がる気力はない。新庄が肩を外そうとするその下で、恨みがまし気に睨むだけだ。


「英凜、ストップ」


 裸足で社から降りた私に向かって、膝に片手をついた桜井くんが手のひらを向ける。桜井くんも、周りを深緋のメンバーに囲まれていて動けないようだった。


「侑生のために英凜が行く必要はない。つか侑生の肩は治るんだから、英凜のくっだらねー写真撮られるより全然いいだろ」


 思わず唖然としてしまうほど冷徹で、それなのに冷静な意見だった。いや、冷静通り越して異常だ(おかしい)。しかもよりによって桜井くんの口からそんな意見を聞くなんて、普段の様子からは考えられないくらい合理的に過ぎる。


「……何、言ってるの」

「三国、昴夜が正しい」


 雲雀くんの声も、苦々しさはあるとはいえ、いつもどおり冷静で、桜井くんの合理を肯定する。


「別に切って落とそうってんじゃないんだ、折れても時間かけりゃ治る」

「何……」

「はーいはい、相変わらずご立派ご立派」


 わずかに見えている雲雀くんの顔が歪んだ。


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