ぼくらは群青を探している

 蛍さんは無言で首を回した。バキバキと、関節の泡が弾ける音だというそれが聞こえる。


「そりゃな。先輩後輩っつーのは、後輩が先輩の言うこと聞くもんだ、逆があっちゃなんねーよ。でもな」


 次は左手の拳を右手で包み込んだ。バキボキッと、やはり関節の泡が弾ける音が響いた。


「後輩のピンチに駆け付けられないのは、なによりも先輩の名折れなんだよ。覚えとけデブ」


 深緋のメンバー、残り十人、群青のメンバー、桜井くんと雲雀くんを入れて七人。相変わらず数は劣勢。

 ただ、劣勢だったのは、数だけだった。なんなら、新庄はいの一番にいなくなって、深緋のメンバーは最初から一人欠けていた。とはいえ桜井くんと雲雀くんも限界だった。それでも、群青の頭から三つのナンバーは伊達じゃなかった。


「例えばさ、集団リンチってあるじゃん。そりゃ一人相手するより、三人相手するほうがキツイわけよ。でも逆の立場で考えてみよ、三人で一斉に一人を襲えっていわれたときに、上手に役割分担できるかって言われると、これが案外難しいわーけ」


 九十三先輩は、一番私の近くにいた。見ているだけで分かるほど力強い拳で相手を殴りながら、悠々と私に向かって解説した。


「でもって体の狙いやすい部分なんて決まってるでしょ? そこに集中して突っ込んでくることが分かってれば避けるのも楽だし、そのついでに潰すのも楽。あとこれは相手を見極めつつになるけど、躊躇(ためら)っちゃだめかな。もちろんやりすぎはダメだけど、下手な加減はもっと向かってくるから」


 まるで死体のように、九十三先輩の足元には深緋のメンバーが転がった。蛍さんより、能勢さんより、誰よりも力強かった。もしかしたら今の群青で一番強いのは九十三先輩なのかもしれない。

 先輩達が来てから深緋のメンバーが片付くまでは、ものの数分しかかからなかった。なんなら、他の群青の先輩達もあとから合流したせいもあってか、半分は逃げ出した。

 ゴロゴロと深緋のメンバーが転がる中で、能勢さんがふーっと煙を吐き出した。


「知った顔、いないですね。もともと幹部は富田以外いなかったんですかね」

「なんじゃねーの。駅に松尾(まつお)とかいたしな」


 雲雀くんは左肩を押さえて立ち上がったところだった。慌てて社から離れようとして、裸足に小石の痛みを感じて、下駄を履く。新庄が雲雀くんの腕を持っていたときはは──雲雀くんに駆け寄ろうとしたときは──足の裏の痛みなんて感じなかったのに。


「雲雀くん」


 名前を呼びながら駆け寄っても、雲雀くんは顔を上げなかった。代わりに視線だけ寄越した。


「雲雀くん、肩……」

「……大丈夫」


 肩を押さえる手は赤くなっていたし、甲には大きな(かす)り傷ができていた。間近で見ると、口元には血がついているし、頬が赤くなっていた。

 頬に手を触れさせると、雲雀くんの長い睫毛が上下した。


「……本当に?」


 雲雀くんの頬は熱を持っていた。まるで頬に嘘発見器でも仕込まれているかのように、雲雀くんは目を逸らす。


「……若干捻挫(ねんざ)みたいな痛みはあるけど、そんだけ」


 ホッと、少しだけ安堵(あんど)する。折れたり外れたりはしていないならよかった。


「……それより池田に連絡したほうがいい」

「あ、そっか。……でも私のケータイ……」

「……俺からしとく」


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