ぼくらは群青を探している
 雲雀くんは左のポケットに右手を伸ばす。取りにくそうだったし、なによりその不自然さから左肩の痛みが伝わってきたから、代わりに取って渡した。


「なに、夏祭りであの二人何が進展したの」

「……俺は何も知らないです」


 背後で九十三先輩と桜井くんの声が聞こえ、ハッと振り返った。桜井くんはまるで猫が顔を洗うような仕草で頬を手で擦っている。


「桜井くん……大丈夫?」

「んー、ほっぺ痛い」


 そうだ、富田という先輩に何度も殴られていた。慌てて近寄り、その顔の傷を見る。雲雀くんと同じで頬が赤くなって腫れている。


「……俺のほっぺは?」

「え?」


 何の催促(さいそく)? 首を傾げると、桜井くんは少しむくれているように見えた。


「侑生と違って冷やしてくれないのかなと思って」

「え、あ、ごめん……?」


 雲雀くんの頬も冷やすつもりで触れたわけではなかったのだけれど、かといってなんのために触れたのかと言われると説明することができないので、そういうことにするために桜井くんの頬にも手を()える。桜井くんはちょっとだけ目を伏せ……、私の手の上に自分の手を重ねた。その手の体温に、ドキリと心臓が跳ねた。


「……やっぱり、英凜の手、冷たくていいな」


 ……そういえば、桜井くんも、男子だけど平気だな。


「あれー三国ちゃん、隣にいる先輩は? ピンチの電話聞いて駆け付けた先輩は?」

「……ありがとうございました」

「あっれー?」


 桜井くんが手を離してくれないので、仕方なく顔だけ九十三先輩に向けた。九十三先輩はなんと (見る限り)無傷だ。私が見ているだけでも一人で五人は地に沈めていたというのに、武闘派だというのは本当らしい。


「てかさー、ごめんね、三国ちゃん」


 九十三先輩はあたりを見回し、能勢さんと蛍さんが遠くにいるのを確認したのか、少し声を潜めた。


「なんか、雲雀から永人と芳喜には言わないでくれって言われたんだけど、俺らも駅で深緋の連中にぶつかっててさあ。多分こっちもこっちで深緋はいるんだろうなと思ったらさすがに俺一人だけ行っても意味ないし。山本と中山連れて向かうことにしたんだけど、雲雀のいう(やしろ)っていうのが分からなくて。探してる途中で永人にも連絡しちゃった。よかった?」

「……大丈夫、です」


 心配していたのは、深緋と通じている先輩のもとで、雲雀くんからの救援信号を握り潰されることだったから。九十三先輩は「あ、そう?」と肩を竦める。


「ま、なんなら芳喜が社のある場所教えてくれたからどうにかなったんだけどさ」


 ……能勢さんが? 深緋と通じているなら、雲雀くんを助けるようなことをするはずはないのだけれど……。いや、やっぱり新庄と組んでいたのは、桜井くんと雲雀くんが群青に入るまで……? ……現状では判断できる材料はなかった。

 能勢さんを見ると、気絶した深緋のメンバーのポケットをゴソゴソと漁っている。一体何をしているのか、じっと見続けていると、その手は財布を取り出した。

 まさかカツアゲ……? 呆然としていると、能勢さんはお金には触れずにカードを取り出した。……きっと学生証だ。


「……コイツら、深緋じゃないかもしれませんね」

「ん、なんだよ」

「少なくともコイツは白聖(はくせい)高校ですよ。まあ全員が全員かは知らないですけど」


 蛍さんに学生証を手渡しながら、能勢さんは(かが)んだままの姿勢で煙を吐き出す。


< 282 / 522 >

この作品をシェア

pagetop