ぼくらは群青を探している

(4)距離

 白金(しろかね)駅の改札を出ると、桜井くんはエスカレーター横のベンチに座っていた。


「……桜井くん、お待たせ」

「んあ。全然」


 立ち上がってぐっと背伸びをした桜井くんはまた背が伸びたように見えた。でもさすがに一昨日の今日でそんなに身長は変わらないので気のせいだろう。


「ごめんね、今日付き合わせちゃって」

「ぜーんぜん。てか侑生の家行くのに付き合わせるもなにもないし。俺が行かなきゃ侑生がうちに来るだけじゃん?」


 大した差はない、そんなニュアンスで話して歩き出した桜井くんの頬からは、もう一昨日の腫れは引いていた。でもさすがに切り傷はそうはいかないらしく、かさぶたになった傷痕がある。


「……桜井くんの怪我は? どう?」

「んー、そんな大したことない。俺は新庄にどっか折られそうになったわけでもないし。侑生も大したことないって言ってたけどね」


 私の表情が変わってしまったのか、桜井くんは慌てたように付け加えた。そのままちょっとだけバツの悪そうな顔になる。


「……つかさあ、お見舞いとか律儀なことしなくていいよ。あれアイツが悪いんじゃん」

「……何も悪くなくない?」

「いや、悪い。新庄がさ、俺らがブラフを警戒してたって言ってたじゃん。あれその通りなんだよね」


 深緋の人達がやって来た方向は参道側で、(やしろ)はその反対側にあった。そして社の周囲は木が生い茂っていたので、そこから深緋の新手が来る可能性は低い。となると、基本的には、参道から社に至る道の途中に立ち(ふさ)がっておけば、深緋のメンバーが私に手を出すことはできない。桜井くんはそう説明した。


「先輩にも連絡してたんだし、俺達は最初の位置から動くべきじゃなくて、ただ向かってくる深緋の連中を殴っとけばよかったの。でも侑生、新庄の挑発に乗って、新庄のほう行っちゃったじゃん? あれで英凜がいたとこから離れたから、新庄のブラフに引っかかって、そんで隙つかれて形勢逆転して、腕やられそうになったんだよ。ね、侑生が悪いだろ」


 言っていることはもっともだった。納得もできるし、あの日の建物や道、人の配置を考えれば非常に合理的というか、戦略的な意見だ。


「……桜井くんって、普段そんなこと考えながら喧嘩してるの?」

「うーん……普段はあんま気にしないけど、さすがに英凜が後ろにいたらそのくらいは考えるかなあ」

「……もし九十三先輩とかもこういうこと考えながら喧嘩してたら、もう何も信じられない」

「え、なにそれどういう意味。てかケータイあってよかったな」


 カゴ巾着ごと落としてしまった携帯電話は、陽菜が拾ってくれていた。お陰で昨日にはうちに届けてくれたし「本当に無事でよかった」と散々に喚かれた。


「……そうだね。陽菜が、桜井くんと雲雀くんがいてくれてよかったねって(しき)りに言ってたよ」

「俺らのせいで拉致(らち)られてんだけどね?」

「まあでも、助けてくれたのも桜井くんと雲雀くんだし」

「……助けたのは侑生じゃん?」


 桜井くんは頭の後ろで腕を組みながら、妙な笑みを(こぼ)した。その笑みの理由は、私には分からなかった。


「……でも桜井くんがいなかったら。雲雀くんだけじゃ助からなかったよ」

「……てか、俺らのこと大丈夫なの? 男のこと怖くなってない?」


 桜井くんはどこか無理矢理、主題を逸らした。ただ、実際、そこは桜井くんなら気にかけてくれるところだとは分かっていた。


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