ぼくらは群青を探している
 つまり、桜井くんにとって、私のIQテストの結果なんてどうでもいいのだ。桜井くんにとってはなんの意味もないこと。きっと、IQテストの結果を見ても、桜井くんは「へー、こういうのなんだ!」くらいしか言わないだろう。結果に何が書かれていても、私の折れ線グラフがズタズタのガタガタでも。


「……やっぱり、桜井くんのこと好きだなあ」


 それに気付いてしまった瞬間、ぽろっと文脈なくその感情が零れていた。

 思わずはたと止まってしまうくらい、自分でもびっくりした。というか自分の喉から出たとは思えなかった。普通の言葉と同じように、耳に伝わるまでの音の振動はあったか、なんて聞きたくなるほど、本当に自分の口から出たとは思えないくらい、あまりにも唐突な発言だった。

 ……いま何言ったんだっけ。そう思い返したくなるほど無自覚で、そう思い返したくないほど恥ずかしいセリフに思えた。


「英凜、その手の冗談はだめつったじゃん」


 でも、幸か不幸か、桜井くんはクッションを抱えてふくれっ面をしているだけだった。

 幸か、不幸か。桜井くんがそれを冗談だと流したのは、幸せだったのか、不幸せだったのか。

 それを深く考えることができるほど、私の頭は良くなかった。その奥に踏み込もうとすると、まるで濃霧(のうむ)が現れたように、どの歯車を回せばいいのかが分からなくなって、思考回路にすら辿(たど)り着けずに迷子になる。だから、プツリとその思考は打ち切った。


「……ちゃんと友達として好きなのに」

「あー、うんうん、友達としてねー。そういうのはねー、一緒に遊んでれば分かるからねー、わざわざ言わなくてもいいよー、じゃないと勘違いするからねー」

「つかドーナツ食わね」

「食う。水ようかんも出して」

「ドーナツ先に食ったほうがよくね、水ようかんのほうがまだ日持ちすんだろ」

「え、両方食うんじゃないの」

「デブるぞ」

「大丈夫、全部栄養になるから」


 いそいそと桜井くんはドーナツの袋を開ける。中を見るとエンゼルリング以外は前回とラインナップが違っていた。


「なに食う? 俺エンゼルリング」

「お前それ飽きねーの?」

「好きなもんってずっと食わない?」

「分かる。私ファミレスで同じものしか注文しない」

「え、ごめんそれはない」

「えっ」


 裏切られたことに愕然としていると、雲雀くんから「いいから早く選びな」と促された。でも前回私から選んだので「この間と逆、雲雀くん先にとって」と促すと、それもそうかみたいな顔になって、その手がチョコレートを選ぶ。やっぱり雲雀くんは意外と甘党だ。


「てかこれバイト先で買ってんの? 貰ってんの?」

「貰ってる」

「お前もしかして主食ドーナツになってね?」

「あー、なってるかも」


 育ち盛りの高校生がそんな食生活でいいのだろうか。有り得ない目で桜井くんを見てしまいそうになったけれど、一人で暮らしている桜井くんの食生活をとやかく言うことなどできない。

 もっとうちが近ければ、うちで一緒に食べることができるのに。おばあちゃんも(にぎ)やかで喜ぶし。そんなことを思っても、現実はそうではないのだからそうはいかない。


「でも甘いものって無限に食えない?」

「食えない」

「えー、英凜は? 喋るときにめっちゃ頭使うからめっちゃ糖分消費するしめっちゃ糖分とるんじゃないの?」


 本当にさっきまでの頭のキレが嘘かと思えるような言葉選びに笑ってしまった。やっぱり桜井くんにはそういうスイッチがある。


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