ぼくらは群青を探している
(5)装置
玄関チャイムの音が鳴るより先に、ガラガラと引き戸が開いて「あっちー」とお兄ちゃんの声が聞こえてきた。私は顔を上げただけだったけれど、おばあちゃんは跳びはねるように玄関で出迎える。
「いらっしゃい、凜也ちゃん」
「あー、おばあちゃん久しぶり。あっちー」
「アイスがあるよ、食べるかね」
「食う食う。おう、英凜」
ダンダンと畳を踏み鳴らすのに合わせてそのまま私を蹴っ飛ばしそうな勢いで、お兄ちゃんは上がってきた。
「どーも──」
本から顔を上げながら適当な挨拶をしようとしたら──金髪が目に入って目を点にした。
約半年ぶりに見た兄が金髪になっていた。そのときの感情をなんと説明しよう。
ただ驚いたわけではない、なんならここ最近は金銀青赤なんでもありみたいな髪色を見ているせいで、髪の色がどうだこうだなんて言うつもりは湧かなかった。ただ、お兄ちゃんも群青の人達と同類だったのか……? なんて思っただけだ。
ただ、お兄ちゃんの金髪は似合っていなかった。日に焼けて肌が黒くなっているせいかもしれない、半分白人の桜井くんを見慣れているからかもしれない、とにかく不自然極まりないその金髪は、妹としては「……染め直したら?」と言いたくなってしまう髪でしかなかった。
「……染め直したら?」
「あ、これ? いや夏だけだから」
つい口にも出してしまったけれど、お兄ちゃんの返事は私の指摘と噛み合わなかった。まあ、いつものことといえばいつものことだ。
そんなお兄ちゃんが続きを口にするより早く「凜くん!」と玄関とは反対側にある襖が開いて、従弟が顔を出した。その瞬間には「うわっ、誰かと思った」なんて目を丸くしたくせに「大学生って髪何色でもいいんだ!」なんて京くんらしい斜め上の感想を口にした。お陰でお兄ちゃんも「京くん、来るのお盆じゃなかったの」なんてなんでもないような顔をする。
「今年は受験生だから。今日だけ来てお盆は来ないよ」
優子叔母さんそっくりのくしゃくしゃの黒い髪を更にくしゃくしゃにしながら、京くんは毛布のない炬燵机の前に座り込んだ。一年ぶりに見る従弟は優子叔母さんに似てきた気がするけど、きっとその黒縁眼鏡のせいだろう。私の中の優子叔母さんは黒縁眼鏡の印象が強い。
「てか京くん背高くね?」
「あーもうね、ずっと伸びてる。いま一七六センチ」
「うわー、負けてる」
お兄ちゃんが参った声を出す頃、襖の向こうからは政広叔父さんと優子叔母さんも現れて「うわっ……凜くんか」とやっぱり金髪にぎょっとした顔をした。
「とても帝大生には見えんなあ……」
「でもうちのサークル、こんな頭もっといるから」
「まあ……大学生らしくなったってことかね」
優子叔母さんは苦笑しながら、炬燵机から少し離れて畳の上に座り込んだ。おばあちゃんは人数分より少し多いアイスを持って戻ってきて「ほらどれがいいかね」と張り切っている。お兄ちゃんと京くんが迷わずそれぞれの好きなアイスを手に取り、私がその後から手を伸ばす。
「いらっしゃい、凜也ちゃん」
「あー、おばあちゃん久しぶり。あっちー」
「アイスがあるよ、食べるかね」
「食う食う。おう、英凜」
ダンダンと畳を踏み鳴らすのに合わせてそのまま私を蹴っ飛ばしそうな勢いで、お兄ちゃんは上がってきた。
「どーも──」
本から顔を上げながら適当な挨拶をしようとしたら──金髪が目に入って目を点にした。
約半年ぶりに見た兄が金髪になっていた。そのときの感情をなんと説明しよう。
ただ驚いたわけではない、なんならここ最近は金銀青赤なんでもありみたいな髪色を見ているせいで、髪の色がどうだこうだなんて言うつもりは湧かなかった。ただ、お兄ちゃんも群青の人達と同類だったのか……? なんて思っただけだ。
ただ、お兄ちゃんの金髪は似合っていなかった。日に焼けて肌が黒くなっているせいかもしれない、半分白人の桜井くんを見慣れているからかもしれない、とにかく不自然極まりないその金髪は、妹としては「……染め直したら?」と言いたくなってしまう髪でしかなかった。
「……染め直したら?」
「あ、これ? いや夏だけだから」
つい口にも出してしまったけれど、お兄ちゃんの返事は私の指摘と噛み合わなかった。まあ、いつものことといえばいつものことだ。
そんなお兄ちゃんが続きを口にするより早く「凜くん!」と玄関とは反対側にある襖が開いて、従弟が顔を出した。その瞬間には「うわっ、誰かと思った」なんて目を丸くしたくせに「大学生って髪何色でもいいんだ!」なんて京くんらしい斜め上の感想を口にした。お陰でお兄ちゃんも「京くん、来るのお盆じゃなかったの」なんてなんでもないような顔をする。
「今年は受験生だから。今日だけ来てお盆は来ないよ」
優子叔母さんそっくりのくしゃくしゃの黒い髪を更にくしゃくしゃにしながら、京くんは毛布のない炬燵机の前に座り込んだ。一年ぶりに見る従弟は優子叔母さんに似てきた気がするけど、きっとその黒縁眼鏡のせいだろう。私の中の優子叔母さんは黒縁眼鏡の印象が強い。
「てか京くん背高くね?」
「あーもうね、ずっと伸びてる。いま一七六センチ」
「うわー、負けてる」
お兄ちゃんが参った声を出す頃、襖の向こうからは政広叔父さんと優子叔母さんも現れて「うわっ……凜くんか」とやっぱり金髪にぎょっとした顔をした。
「とても帝大生には見えんなあ……」
「でもうちのサークル、こんな頭もっといるから」
「まあ……大学生らしくなったってことかね」
優子叔母さんは苦笑しながら、炬燵机から少し離れて畳の上に座り込んだ。おばあちゃんは人数分より少し多いアイスを持って戻ってきて「ほらどれがいいかね」と張り切っている。お兄ちゃんと京くんが迷わずそれぞれの好きなアイスを手に取り、私がその後から手を伸ばす。