ぼくらは群青を探している

 ただ、そんな心配は杞憂(きゆう)で、すぐにガラガラと扉が開いて「こんにちはー」と真哉(まさや)お兄さんの声がした。続いて「ただいまー」と薫子(かおるこ)お姉さんの声と「お邪魔します」と駿くんの他人行儀な声が聞こえる。京くんはすぐに立ち上がって玄関に顔を(のぞ)かせた。


「こんにちは」

「ああ、京くん、背が伸びたねえ」

「クラスでってか学年で一番高いから」


 親戚の中で群を抜いて若い叔母夫婦は (そのせいでお兄さんお姉さん呼びだ)、京くんと「もう高校生だっけ?」「ううん、中三。来年高校」「受験生じゃないか、いいのか、遊びに来てて」「大丈夫、今日だけ」と話しながら居間に入って私達とも挨拶を交わす。駿くんは小さいリュックを背負って「こんにちは」と無表情で私達にも他人行儀な挨拶をした。確か今年で七歳だ。ちょうどお兄ちゃんと十二歳離れてるから覚えやすいと思った記憶がある。


「ねえ駿くん、海行こ」

「行かない」

「えー」


 京くんが早速声をかけたけれど、肝心の駿くんは逡巡(しゅんじゅん)する素振りさえみせず、すぐさま拒否して首を横に振るだけだ。ただ、残念そうな反応をしたのは京くんだけでなく「駿(しゅん)()、行ったらいいじゃないの」と薫子お姉さんも(うなが)した。きっと駿くんは家でもこんな感じなのだろう。


「でも水着がない」

「足だけ入ってきたら」

「いい」

「駿哉、せっかくなんだから海くらい行ってもいいじゃないか」

「いい。ここにいる」


 ぺたりと駿くんは尻餅をつくようにして座り込んだ。さらさらの黒髪は少し汗ばんで、ぺったりとこめかみに張り付いている。汗くらい()けばいいのに、自分の見た目や状態に一切興味なんてないかのような様子で、駿くんはリュックの中から水筒と本を取り出した。薫子お姉さんは「まあいつものことだ」と言わんばかりに肩を竦めたけれど、真哉(まさや)お兄さんは私を見る。


「英凜ちゃんは海は行かないのか」

「ううん、行く」

「ほら駿哉、英凜ちゃんは行くって」


 水筒で飲み物を飲んでいた駿くんはじっと私を見上げた。サラサラの黒髪と白い肌は薫子お姉さんにそっくりだ。でも真っ黒い目は真哉(まさや)お兄さん似だろう。


「……英凜ちゃんが行くなら行く」

「英凜ちゃん、悪いけど駿哉も連れて行ってくれないか」

「別にいいけど、私、友達と行く約束してるから、海で遊ぶときは一緒じゃないかも」


 駿くんは無言で首を傾げ、少し考え込んだ。私がいないとなるとお兄ちゃん達と遊ぶことになるけどそれは果たして意味があるのだろうか、なんて考え込んでいるに違いない。

 駿くんは、お兄ちゃんと京くんに対するのと違い、私の行動にはわりと従うほうだ。駿くんが私にシンパシーを抱くような要素に心当たりはないのだけれど、年齢でいえば私と京くんは変わらないから、少なくともそこに理由はないことは分かる。
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