ぼくらは群青を探している
 このクソ暑いのに、と文句を言いながらお兄ちゃんは(ふすま)の向こうへ消え、海パンに履き替えてから戻ってきた。私も部屋で水着に着替えた後に服を着た。駿くんは「こっちに着替えて」と薫子(かおるこ)お姉さんに適当なティシャツに着替えさせられていた。きっと汗をかいたとき用の着替えだったのだろう。


「んじゃ行ってくる」

「気をつけんといけんよ」

「お水持って行きなさい」

「何かあったら連絡しなさいよ」


 口々に注意を口にするおばあちゃんと叔母さん達に背を向け、四人で(そろ)って海へと歩く。駿くんは薫子お姉さんに渡された白いキャップをかぶせられリュックを背負い、チャポチャポと水筒の水音をさせているので、まるで遠足に行くみたいだ。


「京くん、受験どうなの、余裕なの」

「えー、余裕余裕。だから夏休みも遊んでていいじゃんって言ってるんだけどさあ」

「英凜の高校は? 受けんの?」


 京くんは隣の市に住んでいるので、灰桜高校も進学先の候補にはなる。ただ京くんはそんなに凄惨(せいさん)な成績ではない。現に「いや受けない」と迷わず返ってきた。


「家から近いのはいいんだけどさ。灰桜高校って怖くない?」


 ……当然の評価だ。お兄ちゃんが「え、そういう高校なの?」と訝しみ、駿くんが「怖いとは」と見上げてくるせいで「ああ……まあ……そういう人もいるかな……」と重苦しい声で返事をする羽目になった。なんならこれから遊ぶ相手がその一番怖い人達だ。


「灰桜高校はねー、英凜ちゃんが行ってるからあんまり言えないけど、不良の巣窟」

「めちゃくちゃ言ってるじゃん」

「不良ってこのご時世に存在してんの? カツアゲとかされるわけ」


 カラカラと本気にしてなさそうな声で笑うお兄ちゃんに「教室で殴り合いが起きたことがある」と例によって入学式の日を思い出しながら伝えると「コッワ」と本気でドン引きされた。もしかして私が見慣れてしまっているだけで、普通は殴り合い自体を目にすることがないのかもしれない。


「え、それ巻き込まれたりするの」

「巻き込まれ……」頭には夏祭りのことやらなにやらが浮かんだけどパッパと振り払い「いや、殴り合いに巻き込まれることはない。近くで殴り合ってる人がいるなあくらいで」

「え、いやいやおかしいでしょ。僕、死んでも灰桜高校は受けない。てか死ぬよねそれ」

「でもそういうのは普通科だけだから。特別科は喧嘩とかないと思う」

「英凜ちゃん普通科なの? なんで?」

「なんとなく」

「殴り合いというのは何をきっかけに起こるんだ」


 駿くんは年齢のわりに妙に大人びた喋り方をする。私が聞く限り、駿くんは本の虫で友達と喋る時間より本を読む時間が多い有様なので、きっと本で読んだ言い回しがそのまま定着してしまったのだろう。ただ、そもそも小学一年生が物事の契機(けいき)を気にするなんてこと自体が妙というか、小学一年生にしては理屈っぽいので、そもそも駿くんは変わっている部類に入るのかもしれない。


「……今まで見てて一番分かりやすかったのは、先輩に女顔をからかわれたからムカついて殴った、とか」

「分かりやすくないだろ、それ蛮人だろ」


 兄の感想は、美人局の一件で相手のことを突き飛ばした桜井くんに私が抱いた感想と全く同じだった。血は争えない。


「やばくない? 英凜の高校、マジ世紀末じゃん」

「お兄ちゃんみたいな頭の人もたくさんいるよ」

< 313 / 522 >

この作品をシェア

pagetop