ぼくらは群青を探している
「マジか、やべー。てかそれなら英凜も染めても怒られないんじゃね?」お兄ちゃんはちょんちょんと自分の髪を指さしながら「ピンクとか」

「でもピンク色好きじゃない」

「んじゃ青とか。涼し気でいいんじゃね」

「……でも雲雀くんが髪染めようとしたら止めるって言ってたしな」

「なにくん?」

「なんでも」


 桜井くんは止めるのかな。意外と黒が一番似合うとか言って止めるかもしれないな。

 そんなことを考えながら海に着き、お兄ちゃん達が「よっし泳ぐかー」「凜くん運動まだしてるんだっけ?」「フットサルやってる」と準備運動をする中で携帯電話を開いた。雲雀くんから「海の家の前あたりにいる。目印は先輩ら」とメールが来ていた。海の家ならすぐそこだ。あの色物集団ならすぐに見つかるだろう。「すぐ行く」と返信した。


「じゃあ私友達と合流するから」

「あー、英凜、小銭貸しといて。財布置いてきた」


 (きびす)を返そうとしたところに実の兄からカツアゲを受け「うわ……」と冷たい声が出てしまった。そういえば、お兄ちゃんが「()れるから」と財布は元の荷物から取り出さずにいた様子を思い出した。私は計画的に小銭だけビニールポーチに分けたというのに。


「自分の分しかないんだけど」

「いくら?」

「八百円」

「なにその微妙な額」

「お昼代五百円と飲み物一五〇円が二本の計算」

「えー、んじゃ全然ないのか」


 私に向けて手を出していたお兄ちゃんは「金こっちに入れてたかな」とボディバッグを探る。「僕も千円くらいならあるからどうにかなるんじゃない? 水持ってきたし」なんて言う京くんのほうがよっぽど年上の振る舞いをしている。隣の駿くんはチャポンチャポンと水筒の水音をさせているので別枠だ。


「じゃ二百円だけ貸しといて」

「お昼の予算が減るからやだ」

「ケチッ」

「計画的に持ってこないのが悪いのでは?」


 お兄ちゃんは昔からそうだ、計画性がないというか、私任せにすることまで計画に織り込んでいるので計画性があるというか……。大学生になってもちっとも変わらない性格にそんな冷ややかな応酬(おうしゅう)をしていた最中(さなか)、不意に京くんが私の後ろを見て「うぇっ」と顔を青くした。なんならお兄ちゃんも視線を動かす。

 一体何事──と私が振り向く前に、ズシリと私の左肩に何かが載った。腕だった。


「おにーさん達、何やってんの?」


 ……そして声は九十三(つくみ)先輩だった。驚いて声を上げるより、その顔を見上げるより早く、反対側の肩にも優しく腕が載せられた。


「うちの三国ちゃんに何か用ですか?」


 ──能勢さんだ。その声で数日前から抱いている警戒心が顔を出す。お陰でサッと自分の顔が青くなってしまったことが分かった。

 他の先輩と違って、間違いなく“黒”であるに違いない。ただ今日は真昼間だし、最初から群青の先輩達と一緒にいるとなると何か仕掛けるだけ手間だ。そう考えれば今日何かを(たくら)んでいる可能性は低い。その推測を自分に言い聞かせ、ゆっくりと鳴り始めていた動悸(どうき)を押さえる。


「え……え? いやこれなに?」


 ただ、それとこれとは別に、お兄ちゃんの困惑した声のとおり、目の前には別の問題が転がっていた。


「おい、勝手に行くなつったろ」


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