ぼくらは群青を探している
 ザ、ザと砂利とコンクリートが擦れあう音がしていたかと思うと、蛍さんがサンダルの音をさせながら石階段を上ってきているところだった。原色の真っ青のシャツに黒い海パン、そして例によってピンクブラウンの髪で、ポッキンアイスを丸々一本咥(くわ)えながら歩く、その姿は非常にガラが悪い。


「で、結局何の用で、その手はなんですか?」


 能勢さんの目は、私に向けて差し出されているお兄ちゃんの手を見たのだろう、お兄ちゃんは素早く手を引っ込めた。とはいえ状況は何も変わっていない、何も分からないままだ。いつも無表情の駿くんでさえ呆然(ぼうぜん)と私を見上げている。


「……三国、これどういう状況だ?」

「え、いえ、私が聞きたいんですけど……」


 能勢さんの隣にやって来た蛍さんに、私も呆然と首を横に振り──はっと気が付く。まさか。


「あ、兄です!」

「んあ?」

「え?」

「あれ、お兄さん?」


 左右から三人分の間抜けな声が降ってきた。

 お兄ちゃんと京くん、私と蛍さんと能勢さんと九十三先輩と駿くんが向かい合った状態で、沈黙が流れる。全員が全員、想像もしない状況に鳩が豆鉄砲(まめでっぽう)を食らったような顔をしているに違いなかった。


「……あー、三国の兄貴?」


 多分、蛍さんが真っ先に立ち直ったのは群青のリーダーとしての責任感ゆえに違いなかった。お兄ちゃんはまだ状況を頭でしか理解できていないような顔で「……そうです。どうも、えーっと、こんにちは」と辛うじて返事をした。それもそうだ、こんな小さいチンピラみたいなのに絡まれるなんて人生そう経験はない。


「なんだあ、兄貴だったんだ! ごめんね三国ちゃん」


 左肩が軽くなったかと思うと、九十三先輩がパッと両手を挙げていた。その口にはやっぱりポッキンアイスを(くわ)えているし、既に海に入ったのかそのアッシュの髪は濡れたまま()きあげられているし、やっぱりガラが悪い。


「三国ちゃんの顔があんまりにも冷たいからカツアゲでもされてるのかと思って。ごめんごめん、早とちりだったね」


 ひょいと右肩から能勢さんの腕の外された。能勢さんは迷彩柄の海パンの上にアイボリーのパーカーを被っているだけだ。お陰で三人の中で唯一まともに見えるけれど、どこかほんのり、煙草の臭いがした。海岸なんて開放的な場所で堂々と煙草を吸うことができないから、やってくる前にしこたま吸ってチャージしてきたのだろうか。喫煙者のニコチン欲求の原理は分からないけど。

 本当に……、カツアゲだと勘違いしたにしては、助けに来る側のガラが悪すぎる。金髪のお兄ちゃんも悪いとはいえ、つい額を押さえてしまった。こんなことが起こるとはさすがに予想してなかった。


「えっと……結局これ勘違いってことでいいですか?」


 続いてお兄ちゃんが立ち直った。こくりこくりと私が頷けば、蛍さんが「あー、すいません」と先に謝罪する。


「三国、俺らの後輩なんで。カツアゲされてるんじゃないかと思って早とちりした馬鹿二人が突っ走りました」

「馬鹿二人じゃなくない、フェミニスト二人じゃない?」

「黙ってろ馬鹿」


 参ったように、蛍さんは髪をぐしゃぐしゃとかき混ぜる。この女子みたいな髪も余計にガラの悪さを引き立てているに違いない。


「あー、そういう、こと……。どうも、英凜の兄貴です。こっち従弟の京平(きょうへい)です」


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