ぼくらは群青を探している
「……濡れるから財布持ってくるのやめよう、どうせ私が小銭持ってるだろ、とそういう愚かな兄なんです」
頼むから先輩の前で恥をかかせないでほしい……。そんな気持ちでお兄ちゃんの心理を推理した。でも蛍さんは馬鹿にするでもなんでもなく「ふーん?」と首を傾げた。
「仲良いのか、兄貴と」
「仲……さあ、良いとまでは……。普通じゃないですか……」
「……ふうん」
妙に食いつく、というほどではないけれど、妙に気に掛けるな……。私に兄がいるという事実がそんなに意外だったのだろうか。というか、蛍さんは私のことを以前から知っているのだとばかり思っていたけれど、そういうことは知らないのだろうか……。
蛍さんが何を知ってて何を知らないのか──それを考えていて、不意にチャンスが巡ってきていることに気付いた。
『蛍さんに三国の体が弱いって情報を使うのはありかもしれねーな』
「……お兄ちゃんと、別々に暮らしてるんです」
蛍さんは私達に合わせて石階段を降りながら私を振り向いた。ドッと心臓が跳ねる。
「だから会うのは半年ぶりで……。その、私だけ、環境療養で、祖母の家に住んでいるので……」
ドクドクと動悸がする。声が硬くなってしまっていた気がした。
環境療養なんて言い出すのはさすがに不自然だったか? いや、別々に暮らしているから普通の兄弟とはちょっと距離感が違うかもしれない、別々に暮らしている理由は環境療養が必要だと言われたからで、という流れに不自然さはない、大丈夫だ。大丈夫。
じっと、蛍さんが私を見上げていた。ドクリドクリと心臓が早鐘を打つ。
『後輩のピンチに駆け付けられないのは、なによりも先輩の名折れなんだよ』
でも、蛍さんはあの日に助けに来てくれた。嘘なら来るはずがない。あそこまで言えるはずがない。きっと蛍さんはなにも知らない。
「そういや、お前、体弱いんだってな。あんま羽目外すなよ」
──きっと蛍さんは。
「……英凜ちゃんは体が弱いのか?」
思わず立ち止まってしまった私を、駿くんが眉間に皺を寄せて見上げてきた。
「……人より、ちょっと頭が悪いだけだけど、先輩達には内緒ね」
「……分かった」
浜辺に降りると、先輩達は張り切ってピーチパラソルまで用意していた。補習のせいで体力が有り余っているのかもしれない。私が駿くんを連れて行くと「あれ、なんかガキいる」「三国ちゃん隠し子ー?」「誰だよ孕ませたヤツ」とその口から出る言葉が下品極まりなくて、心の中で薫子お姉さんに謝った。今日という日を経て駿くんが悪い言葉を覚えてしまったら、それは私のせいだ。駿くんは言葉の意味を知ってか知らずか、これまで見たことがないくらい不安そうな顔をしている。
その先輩達の中に蛍さんが入っていって「三国の従弟のガキらしいぞ。九十三と常盤、お前らこういうガキ得意だろ」早速押し付ける相手を決めている。二年の常盤先輩は九十三先輩と顔を見合わせる。
「……ガキは得意ですけど。三国ちゃんの従弟ってなるとなんか話は別つーか」
「分かる。俺もそれ思ってたんだよねー。だってあんな無表情の小学一年生いる?」
「英凜ちゃん、帰ったほうがいいならオレは帰る」
どう考えても扱いに困られている、それを察したのか察していないのか、察したとしても自ら邪魔者だと口走ることの危うさまでは察しなかったのか、駿くんは私のティシャツの裾を引っ張りながらそんなことを口走った。
頼むから先輩の前で恥をかかせないでほしい……。そんな気持ちでお兄ちゃんの心理を推理した。でも蛍さんは馬鹿にするでもなんでもなく「ふーん?」と首を傾げた。
「仲良いのか、兄貴と」
「仲……さあ、良いとまでは……。普通じゃないですか……」
「……ふうん」
妙に食いつく、というほどではないけれど、妙に気に掛けるな……。私に兄がいるという事実がそんなに意外だったのだろうか。というか、蛍さんは私のことを以前から知っているのだとばかり思っていたけれど、そういうことは知らないのだろうか……。
蛍さんが何を知ってて何を知らないのか──それを考えていて、不意にチャンスが巡ってきていることに気付いた。
『蛍さんに三国の体が弱いって情報を使うのはありかもしれねーな』
「……お兄ちゃんと、別々に暮らしてるんです」
蛍さんは私達に合わせて石階段を降りながら私を振り向いた。ドッと心臓が跳ねる。
「だから会うのは半年ぶりで……。その、私だけ、環境療養で、祖母の家に住んでいるので……」
ドクドクと動悸がする。声が硬くなってしまっていた気がした。
環境療養なんて言い出すのはさすがに不自然だったか? いや、別々に暮らしているから普通の兄弟とはちょっと距離感が違うかもしれない、別々に暮らしている理由は環境療養が必要だと言われたからで、という流れに不自然さはない、大丈夫だ。大丈夫。
じっと、蛍さんが私を見上げていた。ドクリドクリと心臓が早鐘を打つ。
『後輩のピンチに駆け付けられないのは、なによりも先輩の名折れなんだよ』
でも、蛍さんはあの日に助けに来てくれた。嘘なら来るはずがない。あそこまで言えるはずがない。きっと蛍さんはなにも知らない。
「そういや、お前、体弱いんだってな。あんま羽目外すなよ」
──きっと蛍さんは。
「……英凜ちゃんは体が弱いのか?」
思わず立ち止まってしまった私を、駿くんが眉間に皺を寄せて見上げてきた。
「……人より、ちょっと頭が悪いだけだけど、先輩達には内緒ね」
「……分かった」
浜辺に降りると、先輩達は張り切ってピーチパラソルまで用意していた。補習のせいで体力が有り余っているのかもしれない。私が駿くんを連れて行くと「あれ、なんかガキいる」「三国ちゃん隠し子ー?」「誰だよ孕ませたヤツ」とその口から出る言葉が下品極まりなくて、心の中で薫子お姉さんに謝った。今日という日を経て駿くんが悪い言葉を覚えてしまったら、それは私のせいだ。駿くんは言葉の意味を知ってか知らずか、これまで見たことがないくらい不安そうな顔をしている。
その先輩達の中に蛍さんが入っていって「三国の従弟のガキらしいぞ。九十三と常盤、お前らこういうガキ得意だろ」早速押し付ける相手を決めている。二年の常盤先輩は九十三先輩と顔を見合わせる。
「……ガキは得意ですけど。三国ちゃんの従弟ってなるとなんか話は別つーか」
「分かる。俺もそれ思ってたんだよねー。だってあんな無表情の小学一年生いる?」
「英凜ちゃん、帰ったほうがいいならオレは帰る」
どう考えても扱いに困られている、それを察したのか察していないのか、察したとしても自ら邪魔者だと口走ることの危うさまでは察しなかったのか、駿くんは私のティシャツの裾を引っ張りながらそんなことを口走った。