ぼくらは群青を探している
 先輩達に合流するのではないのだろうか。ぼんやりとその二人の姿を見てしまって「三国、日蔭入れば」と声を掛けられるまで、自分が立ち尽くしていることに気が付かなかった。


「あー……うん……。っていうか、雲雀くん、椅子座ったら」


 雲雀くんはデッキチェアに座らず砂浜に座っていた。理由は椅子が二つしかないからなのだろうけれど「いいよ別に、もとから泥結構ついてるし」と動く気配はない。とはいえ私と駿くんだけ座るというのも気が引ける。結局駿くんだけデッキチェアに乗せて、私と雲雀くんは砂浜に座り込んだままになった。ビーチパラソルの下とはいえ、影が動いていたせいでじんわりと熱い。


「三国の従弟、散々遊ばれてたけど大丈夫か」

「なんか体が小さくてオモチャにしやすいからそうしてみたって感じだよね……」

「楽しかったから問題はない」


 セリフとは裏腹に表情を変えず、駿くんはまだ少し泥がついたままの頭を軽く叩く。でも気遣いできるような器用な子ではないので、楽しかったのは本当なのだろう。


「いいならいいけど、来年も来たらまたうっかり遊ばれるぞ」


 なんなら、雲雀くんのそのセリフに、駿くんの顔は少しだけ輝いた。よっぽど先輩達に遊んでもらったのが楽しかったらしい。でも確かに一人っ子で兄弟がいないと遊んでもらうなんて機会はないのか……。


「じゃ、来年も来たらいいね」

「夏休みだろ? 毎年来てんじゃねーの」

「駿くんのお母さんが私のお父さんの妹だから、お嫁に行ってる側で、あんまりうちには来ないよ」

「ああ、そういう」

「確かに妙子(たえこ)おばあちゃんにはあまり会わない」

「お盆は真哉(まさや)お兄さんの実家に行くしね」


 ぴくりと雲雀くんの眉間に皺が寄った。その反応にはどことなく不穏(ふおん)な雰囲気があり、私もびくりと体の動きを止めてしまう。


「……どうかした?」

「……いや、父親の名前貰って名前がついてんのかなと思って」

「ああ、お父さんの『哉』の字を貰った」


 駿くんはお父さんっ子だ。お陰でそう話す顔は、無表情ながらもどこか誇らしげに見えた。

 対して雲雀くんには両親が離婚しているという事実、そして父親似というおばあちゃんの発言を即座に否定した事実がある。そのたった二つの事実があるだけでも、最悪の話題だと気付いてしまい、真夏の海の砂浜の上で、ひやりと背筋を冷や汗が滑り落ちた。


「あ、えっと……」


 いや、でも雲雀くんのことだ、父親の名前に反応してしまったとはいえ、感情を表に出すようなことはしない……はず、だけれど、(こと)両親の話題に関してはその表情が変わることを知っていると、杞憂(きゆう)とは到底思えない。


「……なんで同じ漢字つけたがるんだろうな」


 それどころか想像したとおりの危うさを(はら)んだ相槌(あいづち)に今度こそ硬直したし、脳裏には一度聞いた雲雀くんの父親の名前が浮かんだ──『コウセイ』。漢字は分からないけれど、雲雀くんの名前の「生」の字が「セイ」に当てられていることは容易に想像がついた。


「ひばり先輩も同じ漢字がついてるのか」

「ああ、侑生の『生』の字」


 とはいえ二人の会話を止める手立ては私にはなかった。


「なにがそんなにイヤなんだ?」

「何がって」雲雀くんは鼻で笑って「俺にもあのクソ野郎の血が流れてるってだけでも虫唾(むしず)が走るのに、名前まで同じとか反吐(へど)が出る」


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