ぼくらは群青を探している
5.暴露

(1)既知

 父さんとお母さんの関係がいわゆるラブラブだと知ったのは、胡桃に「お父さんとお母さんがチューしてるところなんて見たことない! 昴夜のお父さんとお母さん、ラブラブだね!」と言われたときだ。


「なんで出かけるときチューすんの?」


 父さんが転勤する前、お母さんは、毎朝父さんが出掛ける前に「いってらっしゃい」と言ってキスをしていた。お母さんに理由を聞くと「お母さんはコーイチを愛してるからね」と返ってきた。「俺は?」とお母さんに言ったら「コーヤも愛してるよ」と返してくれたけどほっぺにしかキスをくれなかったし「いつかコーヤも愛する人ができたら分かるよ」と笑われた。

 お母さんと父さんがなんで結婚したか、みたいな話はお母さんから聞いた。お母さんは、父さんと同じ大学の留学生だった。お母さんが図書館で本を借りようとしたとき、父さんとバッティングしたらしい。お母さんは本を譲ろうとして、でも父さんが譲ってくれて、代わりに返すときに連絡をくれ、どうしても借りたい本だから、と話したのだと。その話を聞いた時は「へー、まあそうだよね、借り物だから返すときが分かればそれでいいよね」くらいしか思わなかったけど、後になって思えば、なんてことはない、父さんはお母さんと連絡を取る口実が欲しかっただけだ。つか図書館で本借りようとして出会って付き合ってそのまま結婚とか、今時ドラマにもないベタなラブストーリーどこに転がってんの? って今でも思う。絶対、父さんはお母さんとバッティングするタイミングを狙ってたに違いない。

 最初、お母さんは父さんに全然興味がなかったらしい。なんなら父さんと図書館で会ったときは彼氏がいたらしい。お母さんが彼氏にフラれたのはその一年後くらいで、父さんがそれを優しく慰めてくれたことがきっかけだった。これも後になって色々知恵がついた頃に考えれば、傷心に付け込んだだけだろうし、なんならそのタイミングを虎視眈々(こしたんたん)と狙ってたわけで (そういうのをドラマで見た)、いわゆるストーカーより(たち)が悪いんじゃないか。そう言ったら、お母さんは「そうかもしれない」「でもコーイチがいなかったら、お母さんはずっと泣いてたよ」と笑っていた。

 お母さんが死んだのは、小学二年生のときだった。

 学校で、急に先生に呼ばれた。今すぐにランドセルに荷物を片付けて職員室に来なさいと言われて、この間焼却炉で電球割って遊んだのがバレたのかなあ、なんてことを考えた。後になって思えば、怒られるだけで荷物を片付けるはずがなかったのだけれど。実際、職員室に着いた途端に別の先生に車で送るなんて言われて、学校を出ることになった。下校時間よりずっと早く学校を出る俺を、教室の窓から見つけたクラスメイトが「早退だ、ずるい」と(はや)し立てたことを覚えている。俺も早く帰る理由は分からなかったから、早く学校から帰れてラッキーくらいにしか思っていなかった。

 警察署に行ったのは、それが初めてだった。あのとき行った部屋の扉になんて書いてあったのかは覚えていない、でも後から漫画で読んだら、そういう部屋の扉には「安置室」と書いてあることが多いから、きっとそうだったんだと思う。

 その頃には父さんは単身赴任中で、俺はじいちゃんと一緒にお母さんの死体を見た。あの時は泣くより先に気分が悪くなったような気もするけど、今はあまり覚えていない。人間は辛い記憶は勝手に思い出さないようにするって何かで読んだからきっとそれだ。

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