ぼくらは群青を探している
 胸が潰れそうだと言っていた。父さんは、お母さんを失くした悲しみを、そう表現していた。そんなに、この胸が潰れそうなほどに悲しくなってしまうのだというのなら、俺は、誰かを愛するなんて、ずっと分からないままでいい。

 俺はずっと、誰のことも愛さないままでいい。





「《はい、三国です》」


 お盆の途中、英凜の家に電話をした。電話口に出たのは、英凜の、いつもどおりの、感情(かんじょう)のない声だった。


「英凜ー? 俺だよ俺、昴夜」

「《……それ最近流行ってるオレオレ詐欺だと思われるからやめたほうがいいよ》」

「あーそっか」


 でも俺なら声で分かるだろ、と言おうとしたら「《念のためにフルネームと誕生日言ってくれる?》」なんて言われてしまった。そっか、英凜はまだ俺の声は分かんないのか。


「んーと、桜井昴夜。誕生日は九月二十日。来月だから侑生と一緒にお祝いしてもーらおって思ってる」

「《分かった。今日はお墓のお掃除行かなきゃいけないから、ごめん、遊べない》」

「そうじゃなくて!」


 お祝いしてほしいなんていう細やかな要望はスルーされたし、遊びの誘いだと決めつけられて電話を切られそうになった。英凜のこういうところは侑生に似ている。


「ケータイ、ケータイ買ったの。だから英凜のメアド教えて」

「《ああ、なんだ、そういう。雲雀くんに送ってもらったら?》」

「侑生から聞くのはなんか(しゃく)だからいいの」

「《なんか癪って。分かった、ケータイ取ってくるから、ちょっと待ってて》」


 電話の向こうで「桜井くんじゃないんかね」「桜井くんだよ。ケータイ買ったっていうから。……ケータイどこだっけ」「お台所にはなかったよ」「部屋かな」とばあちゃんと話している声が聞こえる。暫く待つことになりそうだなあ、と手持無沙汰に、電話の横にあるメモ帳をぱらぱらと捲った。昔、パラパラ漫画というものを知って端っこに書いた落書きはまだ残っている。棒人間がトテトテと走って、転ぶだけの、パラパラ漫画。でも上から使われていくせいで、最後の絵は宙ぶらりんで終わっている。


「《ごめん、お待たせ》」


 パラッ、と手から紙片(しへん)が落ちた瞬間に英凜が戻ってきたから「あー、うん」と生返事をした。


「《口で言えばいい?》」

「うん、そうして」


 「《e.mkn……》」英凜が口にするアルファベットを、携帯電話の連絡先にポチポチと打ち込む。入っているのは名前と誕生日だけ。好きなバンドとかロゴの名前がメアドに入ってないのが英凜らしいな、なんて思いながら入力した。


「……ねー、英凜の『凜』の字ってどっち?」

「《ああ、ふたつあるよね。『示す』じゃないほう》」

「あー、おっけおっけ。了解」

「《桜井くんのケータイの電話番号も――って思ったんだけど、あとで桜井くんのケータイからメールしといて。そしたら私も登録するから》」

「ほーい」

「《雲雀くんのメアド、送ろうか?》」

「あー、そうして。アイツはそれでいいや」


 沈黙が落ちた。ちょうど会話が途切れてしまったから。


「《……じゃあ、私、お墓のお掃除行くから、またね》」


 先に口を開いたのは英凜だった。そっか、今日は英凜、忙しいんだな。まあ、仕方ないか、お盆の真ん中だし。


「あー、うん。じゃね」


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