ぼくらは群青を探している
「三国って、なんで灰桜高校(はいこう)なんだ」


 そんな話の途中で、雲雀くんがそんなことを言った。もうフライドポテトのお皿は空で、夕飯のメニューでも選ぼうか、そんな時間だった。


「……なんでって」

「お前、いくらでも上行けたんじゃねーの」

「……行けたかもしれないけど」

「けど?」

「……灰桜高校だったら、うちから雲雀病院に行く通り道にあるんだよね。おばあちゃんが通ってるから、なにかあったらすぐ行けて便利かなって」


 雲雀くんの視線が一瞬逸らされ、すぐに戻ってきた。その眉もわずかに動くから、きっと聞いてはいけないことを聞いてしまったと思ったのだろう。


「……おばあちゃん、もう八十歳だから。別に、体は全然悪くないし、むしろそこらの七十歳より元気なんだけどね、何かあったら困るから」


 だから付け加えたのだけれど、雲雀くんは口を噤んでいた。代わりに桜井くんが小首を傾げる。


「……ばあちゃんと二人暮らしなの?」

「うん」

「そっか。じゃ、俺とあんま変わんないな」


 今度は私が首を傾げる番だ。桜井くんは一方の口角を吊り上げた。でも眉は八の字だった。


「俺、じーちゃんの家に一人暮らしなんだ。もともとじーちゃんと一緒に住んでたんだけどさ、去年死んじゃったから。だから病院と家の間に通おうっての、なんか分かる」

「……そう、なんだ」


 そうか――。また一つ、二人の情報が増えた。同時にその情報を総合する。

 好き勝手してっけどお前らが欲しいとこはちゃんと締めてんぞ――雲雀くんの(桜井くんに言わせれば)反抗の対象にご両親が入っているのだとしたら。桜井くんは家に一人で、雲雀くんも家に独りだとしたら。二人の仲の良さが、互いに互いの欠落を埋め合わせているのかもしれない。


「やーっほーう」


 そんな話をしている最中に、桜井くんの肩がドン、と揺らされた。桜井くんが振り向くより先に、雲雀くんが顔を上げる。なんとなく、そのときの微妙な表情の変化は、狼の耳がパタパタと動いたかのようだった。


「なんだ、舜か」

「飯食うんの? 俺も俺もー」


 そんな雲雀くんを奥へ押しやりながら、彼はテーブルについた。

 おそらく荒神くんだ。記憶の中の荒神くんと全く同じく、茶色い髪にはオレンジ色のメッシュが入っているし、笑むとその八重歯が覗く。まるで小動物の牙のようで、雲雀くんが狼だというのなら荒神くんは猫だった。

 その荒神くんは、テーブルについて初めて私を認識したらしい。一瞬目をぱちくりさせた後に「……あれっ、三国じゃね?」と声を出した。まん丸な目と無遠慮に指さす手を見れば、意外なメンバーに対する驚きが充分に読み取れる。


「三国……三国英凜だよな? 中二の時に同じクラスだった……」

「……どうも」

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