ぼくらは群青を探している
 桜井くんのゆるゆるとした挨拶に振り向けば、後ろには欠伸(あくび)をする雲雀くんもいた。胡桃が桜井くんに「これ、海の写真」「あー、そういやなんか色々撮ってたね」と話す隙に、雲雀くんは胡桃を避けるように、するりと私の後ろに着席する。


「二人で来たの?」

「いや、たまたま。なにこれ?」


 シャツの下に着ている濃紺のティシャツを掴んでパタパタと(あお)いでいた雲雀くんは、机の上に置いてある掃除分担表の上に手を置いた。


「始業式の後の掃除。私と雲雀くん、体育館横」

「ああ、涼しくていいな」

「えー!」


 仲間外れに対する地獄耳なのか、桜井くんは写真そっちのけで雲雀くんの席に飛び込むようにしてこっちの会話に入ってくる。


「侑生と英凜は一緒なのに俺は!?」

「お前サ行じゃねーか」

「英凜と侑生だってミ行とヒ行じゃん!」

「マ行とハ行な」

「ずーるーいー。掃除時間なんてどうせ喋ってるだけじゃん、仲良いヤツと一緒になれるかにかかってるじゃん」


 桜井くんの名前は物理教室と書いてある。でも物理教室は敷地内最北で涼しいから当たりだ。体育館脇の永久日陰とどちらが涼しいか、いい勝負だろう。


「昴夜、どこ掃除なの」

「物理教室だって」

「じゃ、真逆だ。あたし応接室だったもん」

「そういうところは特別科の生徒しか割り当てられないんだろうね」


 下手に普通科の生徒をそんなところに割り当てると、学校が手に入れた表彰の数々が破壊されて終わるだけだろう。胡桃が応接室を割り当てられたことは偶然だろうけど、特別科と普通科の差が如実(にょじつ)に分かる分け方だ。


「てか胡桃、午後の小論模試の勉強しないの?」

「あたしは昴夜と違ってちゃんと前から勉強してるの。でももう始業式だから帰るね」


 ばいばーい、と胡桃は手を振っていなくなり、雲雀くんが「やっといなくなった……」とげんなりと呟く。私に暴露(ばくろ)して以来、雲雀くんの胡桃への嫌悪感は徐々に露骨(ろこつ)になってきた。


「てか意外と写真撮ってないんだな、胡桃。こんだけ?」

「そう? 多いと思ったけど。あ、でも厳選したとは言ってたかな……」


 神経衰弱でもするように、写真を机の上で動かす。私と胡桃のツーショット、私と九十三(つくみ)先輩のツーショット、私と常磐(ときわ)先輩と九十三先輩、雲雀くんと私のツーショット、雲雀くんと私と駿くんと……。桜井くんがいないな、と思って探せば、桜井くんと雲雀くんがお昼を食べている写真と同じく二人がバレーをしている写真だけあった。


「……桜井くんがうつってる写真、全然ないね」

「あー、それ多分夏休みの間に俺が貰ったからだ。お盆前に届けに来てた」

「へえ」


 雲雀くんがどこか剣呑(けんのん)そうな声をだせば「でも俺要らないから、父さんに全部あげた。喜んでた」とどうやら最早桜井くんの手元には残っていないらしいことが分かった。せっかくの桜井くんの写真なのに……。


「てかねー、先輩らがめっちゃ写真くれた。英凜もらった?」

「あ、うん。何枚かメールで……」

「あれ、桜井、ケータイ買ったの」


 桜井くんが何気なく取り出したオレンジ色のそれに、陽菜が目を丸くした。桜井くんは「そう!」と得意気に口角を吊り上げ、そのまま印籠(いんろう)のように見せつける。


「ついに! なんと! 買ってもらいました!」

「マジかよ、メアド教えろよ」

「いいよー」


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