ぼくらは群青を探している
 笹部くんの背後の体育館扉、笹部くんの腰の横あたりを、雲雀くんが足蹴(あしげ)にしていた。いや、足蹴というほど生易しくない。最早足を叩きつけたといっても過言ではなかった。実際、音を聞きつけて「なんだ?」「なんか割れた?」と声が聞こえ始める。


「お前さあ。マジで恥の上塗(うわぬ)りしてんの分かんねーの?」


 笹部くんの足が、私から見ても分かるくらい震えていた。当たり前だ。後ろで見ている私だって震えている。


「惚れた女に付きまとって、挙句言いがかりつけて、それでも男か?」

「だから俺が言いがかりつけたんじゃなくてみんなが」

自分(テメェ)が言い出したんだろ? しかもみんなが言ってるから、だ? みんながそうだって言えば本当になんのか? ご立派な脳だな」

「だから、だったらこの写真はなんなんだよ!」


 ただ、曲りなりにも笹部くんは野球部で、なんならうちの中学の野球部は先輩が厳しいと有名だった。お陰で雲雀くんの威嚇(いかく)による麻痺から復活したらしい。ただし、論理もへったくれもなく声を荒げるだけだ。これが世に言う逆ギレ、というヤツなのかもしれない。

 ただ、その写真はなんだと言われれば――……。考えた瞬間、ドクリと、心臓が跳ねあがった。そのままドクリドクリと大きな音で鼓動し始める。ドクンドクンと、このまま胸を開いて飛び出てくるんじゃないかと思うほど、ドクンドクンと脈打っている。

 自分の手も震えていることに気が付いて、そっと腕を掴んだ。別に、あの日の光景に限らず、自分の目で見たものなんて写真なんか必要ないくらいはっきりと覚えているけれど、俯瞰(ふかん)風景を見せられると、まるで客観的な事実でもつきつけられたかのように、体が震える。なんなら、たった一枚の出来の悪い写真があるだけで、あの日の光景が記録に残されてしまったような、そんな不安が押し寄せる。

 ……いや、大丈夫だ。あの日の写真は桜井くんが壊してくれた。誰か別の先輩だったら、壊したふりをしただけだったかもしれないけれど、桜井くんだ。信用していい。そっと、胸を押さえる。

 だから今は、目の前のことだ。特別科の中で出回っている写真が何を意味するか。私が群青の争いに巻き込まれて襲われそうになったところに雲雀くんが助けにきて、情緒不安定な私は雲雀くんに泣きつき、雲雀くんはそんな私を慰めてくれていました――なんてことを、雲雀くんが赤裸々に軽率に笹部くんに口走るわけがない。私が説明するしかない。


「私が――」

「三国のばあちゃんが事故ったって聞いて三国が不安がってたから慰めてた。ちょうど花火の時間で、参道だと電話の声も聞こえなかったから、人いないところに行ってたんだよ」


 私の言葉尻に被せて、雲雀くんがあまりにも平然と嘘を口走った。想定外の答えに笹部くんが、咄嗟(とっさ)の嘘に私がびっくりする間で、雲雀くんは「よく聞いたらチャリが掠ったってだけだったから安心しろよな」とどこか皮肉げな口調で続ける。


「たったそんだけの写真をあげつらって付き合ってるだのなんだの言いふらしたことになるけど、お前、なんか三国に言うことねーの?」


 ぱくぱくと笹部くんの口が間抜けに開閉する。その目はそのままうろうろと彷徨(さまよ)い、どう言い訳するか考えていることが分かる。

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