ぼくらは群青を探している
 笹部くんには申し訳ないけれど、雲雀くんのファインプレーだった。別に、構わないといえば構わないのだけれど、そんなことは他人に知られないに越したことはない。そのお陰か、ドクリドクリとうるさく鼓動していた心臓は、ゆっくりと平常運転に戻り始めていた。


「……でも桜井と池田いねーじゃん、おかしいだろ」

「アイツら、休憩所出てからはぐれてるから」

「つか……、慰めるだけで抱き合うとかおかしくね。付き合ってもない女子抱きしめるかよ、普通」

「おかしくねーよ。童貞くんには分かんねーかもな」


 笹部くんの頬は、日焼けして真っ黒でも分かるくらい赤くなった。雲雀くんが何を言ったのか分からなかったけれど、それが笹部くんにとって侮辱(ぶじょく)的な、なにか恥辱(ちじょく)的な言葉だったのは間違いなかった。

 その笹部くんと、目が合った。その口が、忌々(いまいま)し気に(ゆが)む。


「……そうやって付き合ってもないのに抱き着いて、また思わせぶりなことしてんだろ」

「は?」


 私の胸に言葉のナイフが突き刺さったのと、雲雀くんが剣呑(けんのん)な声を上げたのは同時だった。


「楽しそうに喋るとか、相手の好きなものやたら覚えてるとか、デートするとか、好きでもない男子に向かって平気でそういうことするんだよ、三国は。それで相手がどういう気持ちになるか、考えもしないでさ」


 ……それは、もう、写真の私と雲雀くんの話ではなかった。

 私が笹部くんをふった後、陽菜たちから言われたことだ。あんなにいつも楽しそうに喋ってたのにどうして、スポーツ観戦は興味がないって言ってるのに笹部くんが好きなチームとかはよく覚えてたのだって好きだったからじゃないの、二人でデートだってしてたでしょ、それで振るなんて有り得ない、みんながみんな口を揃えた。私はただ上手くコミュニケーションをとることに必死だっただけなのに。

 でも、蓋を開けてみれば、そのコミュニケーションの方法が間違っていたのは確かだった。私は中学生になるまでの反省を生かして上手くやろうとしただけだったのに、それは周りからみれば〝仲が良い〟と勘違いされるものでしかなかった。

 だから、私がそんな言動をとらなければ、私は笹部くんのことを好きなんだと思い込みさえしなければ、俺は告白なんてしなかった、ともすれば好きとさえ思わなかったと、笹部くんはそう言いたいのだ。

 そしてきっと、笹部くんは、二年前の夏祭り以来、それを私に言いたくて仕方がなかったのだろう。

 そしてそんなことを言われると、私はいつだって、自分の認識が正しかったかなんて、自信を持つことなんてできないのだ。私は笹部くんの認識が甘いなんて(つま)っていたけれど、そんなの、私だって同じだ。

 黙り込んでしまった私に、笹部くんはまるで鬼の首でも取ったかのようにまくしたてた。


「三国は、そういうヤツなんだよ。告ったら、全然分からなかったって天然ぶるか、ガチで分かってない頭おかしいヤツなんだよ。お前もさ、気を付けたほうがいいぜ。三国が抱き着いてきたから好かれてるって勘違いして告ったらフラれるだけだから」


 その横っ面が、拳で弾き飛ばされた。笹部くんの体は体育館扉に叩きつけられたし、背後では悲鳴が上がったし、なんだなんだと一層野次馬が集まり始めた音がしたし「やばいやばい」と九十三先輩の声まで聞こえた気がした。


「お前、いい加減に自分のダサさ自覚しろよ」


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