ぼくらは群青を探している
 その胸座(むなぐら)を掴み上げられ、笹部くんは「は? いや、え」と狼狽(ろうばい)した声を出す。


「結局お前が勝手に勘違いしたんだろ? お前の話がつまんねー、んで三国だけ優しさで話繋いでやれば盛り上がってるって勘違いして、誘う勇気もねえお前が姑息(こそく)に仕組んだデートに気付かなけりゃ二つ返事だって思い込んで、三国からしたらなんでもかんでも、気遣いまで好意に勘違いされて有難迷惑だ」


 もう笹部くんの顔は赤くなんかなく、逆に、真っ青だった。その胸座は「黙ってんじゃねーよ、なんか言えよ」と更に揺さぶられる。


「で、あんな意味分かんねー写真ばらまいて俺と付き合ってることにして、俺が否定したら、野次馬も集まったところで三国は好きでもない男に平気で抱き着くビッチ呼ばわり。お前マジで何がしたいの?」

「だから……俺じゃなくてみんなが……」

「大体、三国が抱き着いたんじゃねーよ。俺が無理矢理抱きしめたんだ」


 ……違う。抱き着いたのは私だ。なんなら、抱きしめ返してほしいとさえ思っていた。雲雀くんに特別な感情はないのに、目の前にいたから甘えたかった。その意味で笹部くんの指摘は正しかった。その(そし)りだけは免れなかった。


「分かったら三国に謝れよ」

「は……、それとこれと関係が」

「謝れつってんだろ」


 力任せに胸座を揺さぶられ、そのまま笹部くんの体は体育館扉に向かって叩きつけられた。野次馬からはまた悲鳴が上がって、それに構わず、雲雀くんがもう一度笹部くんの胸座を掴み上げ、拳も振り上げる。ドッと緊張か(おび)えかで心臓が跳ね――それと前後して九十三先輩が飛び出した。


「こら雲雀! やめやめ!」


 パンッと雲雀くんの拳は九十三先輩の手に収まったし、面食らった雲雀くんはそのままもう一方の腕も九十三先輩の手に捕まれた。


「……邪魔しないでくれます?」

「邪魔ってコラ。え、力強」雲雀くんが力任せに腕を振り払おうとするのに九十三先輩は一瞬で狼狽えた顔になって「なあ誰かいるー?」野次馬の中を振り向く。様子をうかがうようにこちらを見たり互いに顔を見合わせたりしている野次馬の中から、かき分けるようにして「あー、はい、いますよ」と能勢さんがやってくる。そのまま能勢さんは雲雀くんの左腕を引き取った。

 さすがに群青の先輩二人に抑え込まれては雲雀くんも身動きがとれない。しかめっ面で、いまにも舌打ちしそうな表情で「……分かりましたよ」ようやく笹部くんの胸座を手放した。

 九十三先輩と能勢さんが雲雀くんの左右を抱え「って言うなら離れな?」「駄目だよ、喧嘩のけの字も知らない相手を一方的に」ずるずると引きずって笹部くんから引き離す。笹部くんは体育館扉の前にへたり込んだまま、緊張から解放された副作用のように荒い呼吸を繰り返している。


「で、これなんですか? 校門まで悲鳴聞こえましたよ」

「えー、なんか童貞っぽいのが三国ちゃんの悪口言ったから雲雀が殴った、みたいな」

「あのねえ雲雀くん、そんなのいちいち相手にしちゃ駄目でしょ。学校じゃ手出したら負けなんだから」


 冷静な意見を口にする先輩の間で、雲雀くんは黙っていた。でも毛の逆立った猫のように、その苛立ち……または怒りは、収まっている気配はない。

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