ぼくらは群青を探している
 そんなことを考えながら、ついその背中を追いかけていると、下駄箱に辿(たど)り着く前にその足が止まった。合わせてその背中で立ち止まると、ゆっくりとその背は向きを変える。雲雀くんにしては珍しく、目が合わなかった。どこかバツが悪そうな顔をしていた。


「……なんか騒ぎにして悪かったな」

「……それは、だから……、もともと私と笹部くんの問題で」


 雲雀くんは無言だった。それが肯定なのか思考なのか分からなかった。

 ただ、雲雀くんは少し長い(まばた)きをする。その隙に私の視線から逃れようとでもするように。


「……三国」

「……なに?」


 なにか用事でも頼まれたような気持ちになって、呼ばれた瞬間にトッと足が一歩前に出て。ほんの少し悩まし気な目に見られて。


「好きだよ」


 ――そのまま止まった。

 なんなら、ほんの少し雲雀くんに手を伸ばしたまま、そのままの状態で間抜けにピタリと全身が止まってしまった。


「……え……え?」


 あまりにも前触れのない言葉に、思考回路はぴたりと制止した。それは、聞き間違えたのではないかと思えるほど、あまりにも突拍子のない二文字で、そして告白にしか聞こえなかった。

 そしてその疑いを払拭(ふっしょく)するように、雲雀くんの顔はみるみるうちに赤くなっていった。しかも、それを隠そうとするように手のひらをこちらに向けてその顔の下半分を覆う。そして、それでも分かるくらい、雲雀くんの顔は真っ赤だった。さきほどまで目に浮かんでいた悩まし気な色は、いつの間にか恥ずかしそうな色に変わっていた。

 それに気付いてしまって、何よりそれに気付くことができるほど自分と雲雀くんの心的距離が近くなっていたことを知ってしまって、自分の顔に熱が上ってくるのを感じた。


「え……っと……?」


 それでも、口からは返事にならない音しか出なかった。


「……好きだって言ったんだよ、三国が」


 手の甲の裏から聞こえた声に、胸の奥で心臓が跳ね上がった。

 いや、心臓じゃ、なかったのかもしれない。あまりにも不意の、そして滅多に耳にしないからこそどれだけ意味があるか分かるその二文字は、脳で咀嚼(そしゃく)する必要なんてなかった。そんな必要ないくらい、ただ胸に突き刺さった。


「……こんなタイミングで言いたくなかったんだよ、本当は。でもどうせ俺が停学食らってるうちに噂は回るし、そんなセコいことしたくねえし」


 噂が回る? それが(ずる)い? 普段ならまだどうにかなったのかもしれないけれど、思いもよらぬ出来事に頭は完全にショートしていて、雲雀くんがなんのことを言っているのか分からなかった。


「……あんだけ笹部に言えば、俺がお前を好きだからみたいに言われるに決まってんだろ」


 ……そう、か? そうか。言われてみればそうか。ただでさえ、例えば胡桃は雲雀くんが私に愛想がいいのを捉えて好きだの好みだの言うわけだし。

 大体――思考が回りきる前に納得した――好きでもないのにあそこまで笹部くんを詰れるかと考えれば、その噂が流れることは簡単に予想できた。

 ……それでもって、そうやって、言われたら予想できるけど、きっと私はまた気が付かなかったで済ませていただろう。それが雲雀くんの優しさだなんて、それこそ甘い認識で。


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