ぼくらは群青を探している
「……そういう、セコい外堀の埋め方はしたくない。いや、三国は多分そういう噂聞いても迷惑かけて悪いとかその程度しか思わないんだろうけど、その噂の後に俺が告ったら最初に気付かなかったのがどうのこうのってまた気にすんだろうし」


 恥ずかしさを誤魔化すためか、雲雀くんは妙に饒舌(じょうぜつ)だった。真っ赤な顔はやがて(うつむ)き、手が額を押さえ、すべての表情を隠した。


「……だからって本当にこのタイミングで言うことじゃないってのは分かってる。ごめん」

「……べ、別に、タイミングがどうとか……」

「……停学食らったヤツに告られたら負い目感じるだろ」


 私と笹部くんの関係性のせいで笹部くんを殴るまで至り、その結果停学になったのだということを考えれば。みなまで言われずとも、雲雀くんが考えていることなんて手に取るようにわかった。


「それでも、周りの噂に振り回されたくなかったから。俺がお前を好きなんだって噂が流れる前にお前に直接言いたかったから……」


 どうしてそうしてしまったのか分からなかったけれど、気付けば、ぎゅう、とセーラー服の胸元を握りしめていた。手の中でスカーフがぐしゃぐしゃになっていた。きっと手に何か握っていないと――恥ずかしくていたたまれなかったから。普段ぶっきらぼうな声が、珍しく、本当に今までに聞いたことがないほど弱弱しく、(かす)れていて、直接言いたかったなんて、言うから。


「……今日のことは気にしなくていい。夏祭りのときから、アイツ気持ち悪いなって思ってたのはあるし。……あと、三国が俺をそういう目で見てないのは分かってるし」

「え……」


 雲雀くんに聞こえるか聞こえないか分からないくらい、小さな、まさしく蚊の鳴くような声が漏れた。雲雀くんはやっと顔を上げて、ふー、と息を吐き出しながら自分の胸元をくしゃりと掴んで「……やっと落ち着いた」でも頬はまだほんのり赤かった。


「……だから、俺はお前に思わせぶりなことされて好きになったわけじゃないし、だから告ったわけじゃない。ただ俺がお前を好きになっただけ」


 私の心臓は、まだ落ち着かない。私の心臓は、セーラー服の中で、ドクリドクリと、いつもの数倍うるさく鼓動したままだ。


「好きか好きじゃないかで言ったら、好きじゃないって返ってくるのは分かってる。だから、俺のことをこれからそういう目で見れるか、見れないかだけでいい」その目にまっすぐ見られて「……見れるんだったら、俺と付き合って」


 何も言えなかった。口すら開けなかった。開いたらそのまま心臓が飛び出てしまうのではないかと思うほど、心臓がいつもの何倍にも大きく脈打っていた。


「……停学明けたくらいには、返事くれ」


 雲雀くんは(きびす)を返し、そのまま下駄箱の影に隠れてしまった。でも靴を履き替える音も、そのまま出て行く音も聞こえた。そっと様子をうかがっていると、ギリギリ下駄箱の死角からはずれた雲雀くんが、カバンも何も持たない身軽な格好で出て行くのが見えた。

 それを見届けてから、その場に屈みこむ。太ももに押さえられた心臓はまだドクドクドクドクうるさく鼓動している。閉じた口も押えこまないと、やっぱり心臓が飛び出そうだ。

 『直接言いたかった』『そういう目で見てないのは知ってる』『好きか好きじゃないかで言ったら好きじゃないって返ってくるのは分かってる』『ただ俺がお前を好きになっただけ』――声が、表情が、脳内で動画で再生される。そのまま頭を抱えた。


「……どうしよう」


 とりあえず私も、午後の小論模試なんて受けてる場合じゃない。
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