ぼくらは群青を探している
結局、ホームルームが終わるまで廊下で呆然としてしまって、腰を上げることができたのは昼休みになってセミの声以外の音がし始めてからだった。
おそるおそる教室に戻ると、桜井くんと陽菜がすぐに私に気付いた。
「やっと帰ってきた!」
「お前今まで叱られてたのかよ! てか叱られてたの? 雲雀は?」
「叱られるの侑生だけじゃないの? てかまたあの笹部?」
「雲雀が笹部ぶん殴ったんだよな、一体何言われたんだよ!」
まさしく、立て板に水のごとし。ただ、それに狼狽えるより先に、なぜか桜井くんの顔をじっと見てしまった。
……桜井くんは。
「え、なに、俺顔に何かついてる?」
「……そういうわけじゃ、ないんだけど……」
きょとりと首を傾げられて、目を逸らした。どうして自分が目を逸らしてしまったのか分からなかったけれど、とにかく真っ直ぐ桜井くんの目を見ることができないと感じていることだけは確かだった。
……もし、雲雀くんと付き合ったら、桜井くんとの関係はどうなるのだろう。桜井くんは「仲間外れだ」と嘆くだろうか。存外「知ってた!」なんて笑うだろうか。……桜井くんは知っているのだろうか。ずっと一緒の雲雀くんにとって、私が……そうだったと。
じゃあ私が雲雀くんをどう見てるかも知っているのだろうか。雲雀くんは私が雲雀くんを〝そういう目で見てない〟こと分かっていると言ったけれど、私は本当にそうなのだろうか。桜井くんから見てもそうだったのだろうか。私が気付いていないだけで、実は私が雲雀くんを見る目は〝そういう目〟だったんじゃないだろうか。
なんで雲雀くんはそう断定できたのだろう。もしかして好きじゃないと言われるのに備えた予防線……。いや、雲雀くんがそんな女々しいことをするはずがない。となると雲雀くんはやっぱりそう考えていることは間違いなく……。
「なあ、英凜大丈夫? なんかいつも以上にボーッとしてね?」
「おいしっかりしろよ、雲雀がカッコよすぎて惚れたか?」
「そっ……」
そんなんじゃない、と口に出そうとして、それが明確に雲雀くんへの感情を否定する言葉だと気づき、黙ることしかできなかった。
陽菜は桜井くんと顔を見合わせ「ま、雲雀はカッコイイからしゃーない」「女子みんな侑生の顔好きだよな、知ってるー」「顔だけじゃねーよ、男前じゃん」と私の気も知らずに雲雀くんを称賛する。普段ならそうだねと頷けるのに。
……そうだねと迷いなく頷ける恰好良さは、〝好き〟ではないのだろうか。
「つか侑生は? どこ?」
「……えっと……雲雀くんは……」やっと席に着きながら、その名前を口にするだけで心臓が大きく鼓動するのを聞きながら「……停学で、今日はもう帰るって……」
「あー、まあそうだよね、学校で殴っちゃそうなるよね。そういうのは見えないとこでやんないとね」
「そういう問題かよ。桜井の発想こわっ」
桜井くんの斜め上の回答にツッコミを入れる余裕がなかった。というか、椅子に座った途端に力が抜けてしまった。
「てか笹部、なんで殴られたの?」
「……なんでって言われると難しいんだけど、事の発端は夏祭りの写真で……」
笹部くんと一緒にいた子が、その写真が表示された携帯電話を持っていたときの光景を思い浮かべてしまい、顔がじわりと熱くなるのを感じた。
「え、なに、そんな恥ずかしい写真?」
「……それ、俺が壊したヤツとは別?」