ぼくらは群青を探している
「なんかそういうの気にして侑生と付き合うか付き合わないか考えるのって違うくない? だから気にしなくていいよって言っとこって思って」


 ……本当に「気にしなくていい」のだろうか?

「……でも桜井くん、寂しくて泣いちゃうんじゃ……」

「俺のことなんだと思ってんの? てか、だからそんなことで付き合う付き合わない決めるのおかしくね?」


 あんパンを食べ終えた桜井くんは、袋の中から次のパンを取り出す。学校に帰るまでになくなりそうな勢いだった。そういえば桜井くんと雲雀くんはいつも外でお昼を済ませてくるから、一体どこで食べているのだろうと思っていたけれど、こうして食べながら歩いて帰ってくるからなのだろうか。


「そもそも英凜と侑生が付き合っても、それで英凜と俺の関係が変わるわけじゃないじゃん? いや、侑生がクソ独占欲強くて、こうやって昼飯買いに行くときに俺と二人きりはやめろとかいい始めるんだったら困るよ、いや困ったって仕方ないんだけど、そんな道端でいきなり英凜のこと襲うわけじゃないんだから許せよって思うけど」


 いま話している私と雲雀くんのことも、大事は大事なんだろうけれど、それよりお腹が空いているという目の前の事象のほうが大事であるかのように、または私と雲雀くんのことは帰りながら食べるという日常的な行動を崩すほどのことではないかのように、まるで《《その程度》》であるかのように、パリッと躊躇なく袋を開けて、ぱくっと大きな口でかじりつく。


「でもそういうわけじゃないじゃん? 別にこれからだって三人で遊ぶことはあるじゃん? 付き合うって何って話、前もしたけど、少なくとも英凜とって侑生以外の関係を全部シャットアウトするもんじゃないわけじゃん。だったら侑生と付き合うかどうかなんて英凜が決めることで、俺とか笹部とか、他人のことなんてどうでもよくない?」


 そっか、今までどおり三人で遊ぶこともあるし、それがたまに雲雀くんと二人だけで遊ぶようになるだけだし、桜井くんもそれなら寂しくないって言ってるし、じゃあ桜井くんのことは気にしなくていいんだ。

 ――なんていうのは、与えられた情報からできる最大限の理論的な推測に過ぎなくて、そんな風に自分に言い聞かせても、釈然とはしなかった。

 それだけ?

 そんなセリフが、喉まで来ていた。でも、それだけと言ったって、じゃあそれ以上に何を求めているのと聞かれると、それが分からなかった。


「……でも桜井くんのこと名前で呼ぶタイミングなくなったね」


 別にそんなことはどうでもいいことではあったのだけれど「え? あ! え! そうなの! なんで!」狙い通り、桜井くんは犬がピンと耳を立てるように敏感に反応した。


「……だって、仮に雲雀くんと付き合って、それなのに友達の桜井くんを名前で呼び始めるのは、なんかこう、バランスが悪くない?」

「え、そう? そんなことなくない? 別によくない? ……ダメなのかな」


 狙い通りというか、狙いより更に効果があったらしく、桜井くんはパンをかじるのをやめて首を(ひね)る。


「てかだったら今日から名前呼びでよくない? まだ侑生とあれこれ決まってないし。いや名前呼びでいいじゃんって言ったのって夏休みより前だから全然問題ない、うん」

「……でも桜井くん――」

「名前で呼ばれないと返事しませーん」


 狙いより効果があったと、思ったのだけれど、その効果は思った方向には発揮されなかった。


< 376 / 522 >

この作品をシェア

pagetop