ぼくらは群青を探している
 お盆にお父さんが帰ってきて、あと五年くらいで晩酌に付き合えるようになるから待ってるって話すんだけど、昴夜は絶対飲まないって突っぱねるんだって。昴夜は小さい頃にプールで溺れかけたことがあって、そういうのは結構トラウマになりがちなのに、全然気にしないし、むしろ海とかプールとか大好きなんだよね、バカな昴夜らしい。ピアノを弾いてみたいんだって言って、最近たまにキーボードで弾いてるんだけど、これがめちゃくちゃ下手で、私が行くと弾くのやめちゃうの。部屋に楽譜まで転がってて、本気なんだなって思ったんだけど、ガチの楽譜で、昴夜が弾けるレベルじゃないんだよね。――三年男子の学年競技を見ながら、胡桃はそんなことを話していた。

 ピアノが好きだということ以外、私の知らない話だった。なんなら私は桜井くんの部屋にすら入ったことがない。せいぜい、あの家の居間までだ。

 きっと私は、ずっと桜井くんの部屋のことなんて知らないままだ。そんなことを考えていて、ふと笑みが零れた。


「ね、昴夜、昔から全然変わんないでしょ」

「……そうだね。なんか、胡桃が知ってる桜井くんって、本当に桜井くんの全部で、そのまま桜井くんなんだなって感じ」

「うーん、そうかも。ただの腐れ縁なのに、結局あたしが一番昴夜のこと知っちゃってる」


 困ったように笑う様子を見ていて、どこか()に落ちた。腑に落ちたというか、納得したというか、ストンと胸に落ちるものがあった。


「あ、てかやば、騎馬戦始まるじゃん。見る準備しないと。じゃねー、英凜」

「うん」


 棒倒しは赤組の圧勝だった。三年女子の学年競技も終わり、男子の騎馬戦が始まって、グラウンドは肌色で埋め尽くされる。騎馬戦では上裸と決まっているからだ。ラグビーよろしく、服を掴んで引き倒されると困るからだろうか。

 騎馬戦の大将は体育祭として選ばれている各色の大将だったけれど、その大将に負けない異様な貫禄を醸し出す騎馬があると思ったら、案の定、蛍さんだった。赤組だから雲雀くんもいるはず、と目を()らすまでもなく、銀髪はすぐに見つかった。体格的にも力的にも納得の騎馬の上だった。そして妙に大きい騎馬がいると思ったら、九十三先輩が騎馬上にいる騎馬まであった。あの身長の九十三先輩を支えているということは、機動力無視で力技にかけた騎馬に違いない。

 その騎馬戦は文字通り戦いの場で、始まった途端に雄叫(おたけ)びと土煙(つちけむり)が上がった。そして、赤組があまりにも黄組を圧倒していた。いかんせん、赤組の騎馬には蛍さん、九十三先輩、そして雲雀くんがいる。名実ともに群青のトップ二、そして雲雀くんとくれば、私だったら向き合った瞬間に白旗を上げて降参だ。実際、その三人の騎馬は次々と相手を落馬させ、対戦相手の黄組は惨憺(さんたん)たる有様となっていた。

 しいて勝負になった色を挙げるとすれば我らが青組だった。能勢さん、常盤先輩、桜井くんの騎馬がいたお陰だ。正直、群青内部の騎馬対決にしか見えなかった。ただ、最終的には桜井くんの騎馬は九十三先輩の騎馬に押し崩され、その横から能勢さんの騎馬が九十三先輩のハチマキを()(さら)っていた。「きったねーぞ芳喜!」という九十三先輩の声がここまで聞こえた気がした。

 結果、棒倒しに引き続き男子騎馬戦も赤組の勝利。得点パネルは伏せられていたけど、色別対抗リレーで勝ったからといって勝敗が逆転しそうにはなかった。

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