ぼくらは群青を探している
「群青が誇る武闘派だしね。だから三国ちゃんが抱きしめられたら骨折れると思うよ」


 何の話……と怪訝な顔をした後で、徒競走で一位になったら抱きしめてあげるよーなんて言われていたことを思い出した。私と九十三先輩は子供と大人のように体格が違うので、確かにやめていただきたい。

 その色別対抗リレーの初っ端は、青組団長の狙い通り、桜井くんがトップに躍り出た。群青の中からは色を問わず歓声が上がって「行け桜井ー!」「特別科なんかのしちまいな!」と応援されていたので、なんとなく桜井くんの愛され度が分かった。その金髪はあっという間に、本当にあっという間に私には目もくれず、私達がいるコーナーの前を走り抜ける。一瞬の間に見えた顔はいつになく真剣で、脳裏にその光景が焼き付く。


「んげ、桜井、だいぶ速かったな」

「青組がトップですね。……あー、もう、やっぱり雲雀くんは鬼門ですよ。ほら白組が一人抜かれた」


 ぼんやりと、テレビでも見るような状態で雲雀くんが駆けてくるのを見ていた。桜井くんとどっちのスピードが上かなんて分からない、ただ速いことしか分からない。桜井くんのお陰で悠々とトップを走る青組走者を猛スピードで追いかける、その姿が私達の前を横切る。先輩達が「転んでしまえ!」「顔面をやっちまえ!」と野次を飛ばしても、やっぱり私達には目もくれずに走り去る。その背中を呆然と見送りながら、雲雀くんが青組に追いつかないまま二年生にバトンを渡すのを確認する。


「雲雀くんのせいでだいぶアドバンテージ削られましたね」

「ざまーみろ、って言いてぇところだけど、桜井が持ってた水色バトンがマジでずっとトップだな」


 その水色バトンは二年生になれば常盤先輩が引き継ぎ、赤組の追い上げにギリギリ追いつかれないスピードで駆け抜け、なんとか青組がトップを保つ。最早トップ二は赤組と青組の争いになっていた。


「最後は色の大将って決まってるからなあ、別に足速くはねえんだよなあ」

「青組の大将、遅いんですよね……」


 能勢さんの残念そうな声の前を、九十三先輩が駆け抜ける。いつものヘラッとしたしまりのない笑みは影も形もなく、アッシュブルーの髪がまるで目に見える突風のようだった。


「……九十三先輩、黙ってれば恰好いいんですね」

「ハハッ、間違いない」蛍さんは明るく口を開けて笑って「アイツはマジで口開かなきゃモテんだよ。口開くからダメなんだけどな」


 その九十三先輩が差を詰め、最後の大将(アンカー)戦で青組は赤組に追い抜かれた。隣の蛍さんを含め、赤組の先輩達が「よっし!」と声を上げ、能勢さんを含む青組の先輩からは残念そうな声が漏れた。


「これで優勝は赤組(ウチ)が貰いだな」

「棒倒しと騎馬戦が本当にズルすぎですよ。まー、うちは色変えないから、桜井くんが三年生になる頃には青組が勝てそうですけどね」

「そン時は雲雀がいんだろ」

「あー、そうだった。まあ桜井くんと雲雀くんが揃って同じ色になってるよりマシですかね」


 終わった終わった、と後ろの先輩達が次々立ち上がる。蛍さんも腰を上げ、手に持っていたハチマキを額で結び直し、ふと私を見る。


「そういえば、曽根(元カノ)が因縁つけてきたらしいな。悪かったな」

「……誰から聞いたんですか」

「芳喜。もう別れたのにうるせーやつだよな」


 やれやれ、とでも聞こえてきそうな口ぶりで、蛍さんはピンッとハチマキの端を指ではじいた。


「まあアイツには俺から言っとく。愛人説は俺も悪かったし」

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