ぼくらは群青を探している
「……愛人じゃなくて、妹みたいなものだって、ですか?」


 その探りは、ひとつの賭けだった。

 遅かれ早かれ、元カノさんが私に何を話したか、蛍さんは聞くことになるはずだ。蛍さんの元カノさんは「どうせ妹の代わりなんだから調子に乗るな」と言ったとまでは言わないだろうけれど、能勢さんから「そう言ってたんですけど、実際どうなんですか?」くらいの探りを入れられることは充分考えられる。能勢さん自身、群青のNo.2でありながら、そこを知らないのだから。

 それを先にされてしまって、私に情報が降りてこないより、この場で手に入れたほうがいいはずだった。

 そして、まるでそれこそが蛍さんの秘密だったかのように、ピンクブラウンの前髪の隙間から、大きく見開かれた目が、私を見た。


「……誰から聞いた」


 いつもより早口だった。


「……その、元カノさんから」

「……マジで余計なことしか言わねーな」


 舌打ち混じりにぼやきながら、せっかくハチマキを結んだばかりなのに、ハチマキがずれるのにも構わず髪をぐしゃぐしゃっとかき混ぜる。


「別に、妹の代わりになんかしてねーよ。安心しろ」

「……妹さんって……その、亡くなってるんですか?」

「はあ? 死んでねーよ、勝手に殺すな」


 あ、なんだ、よかった――。ホッと安堵した私を、蛍さんはじっと見つめる。


「……お前、知らねーんだな」

「……え、何をですか」

「……いや、いい」


 ふいっと、蛍さんは顔を背け、そのまま足も赤組の整列方向へと向けてしまった。じっと、その背中を目だけで追いかける。

 妹がいるのは本当。その妹は死んでないけど、何年も会ってない。……能勢さんの言う離婚説が妥当だろうか。

 で、その妹と私の関係は? 私の中学生のときの写真を持っていることと関係がある? その妹さんと私が中学生のときになんらかの接触をしている?

 それは、蛍さんが新庄と関わっていることとなにか関係がある?

 どれから探ればいいのか分からなくて、じっと考え込んだまま、青組のテントに戻る。ただ一つ、気になるのは――。


「んあ、英凜」


 ふ、と桜井くんの声に顔を上げる。桜井くんの金髪は、なぜかびっしゃりと水に濡れて、額からガバッとかき上げられていた。そのせいなのか、ハチマキは額に巻かれずに肩に載っている。


「……どうしてそんなに濡れてるの」

「リレー終わった後、暑くって。もう我慢できなくて水浴びた、どうせもう片付けて帰るだけだし」

「そんな、犬じゃないんだから」

「わっふわっふ」


 ぺろっと悪戯っぽく舌を出して目だけで笑ってみせる桜井くんが可愛くて、思わず笑ってしまった。


「リレー、俺の活躍見てた?」

「見てたよ、先輩達と。チビなのに速いねって」

「チビは余計じゃん。てかツクミン先輩速くね? 確かにダッシュで勝ったことないんだけどさあ、ツクミン先輩カッケーってなった!」

「その話、私達もしてた。黙ってたらモテるのにって」

「あーね。でもツクミン先輩って喋ったら優しいじゃん、黙ってたらむしろちょっと怖くない?」


 あ、整列だ、と桜井くんが体の向きを変える。拍子に、その肩からハチマキが滑り落ちた。慌てて私がキャッチしたけれど、桜井くんは気づかずにそのまま足を進めようとする。

 口を開いて――一瞬、躊躇(ちゅうちょ)した。


「――昴夜、ハチマキ」


 金髪が、水を滴らせながら振り向いた。長い睫毛が、聞き間違えたかのようにぱたりぱたりと上下する。


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