ぼくらは群青を探している
「ハチマキ。落ちたよ」

「あー……うん」


 するりと、私の手から青色のハチマキが抜き取られる。桜井くんの目がうろうろと彷徨うから、つい、からかうような気持ちで笑った。


「どうして、昴夜のほうが戸惑ってるの」

「……なんか不意打ちだったから。なんかびっくりした」

「名前で呼ぶって約束したじゃん」

「……そうなんだけどさ」


 その戸惑いを動きにするように、桜井くんは、もたもたと頭にハチマキを乗せたまま、左右から両手で引っ張る。ハチマキが水に濡れて、じんわりと色を変えていく。


「……なんやかんや言って、英凜は『桜井くん』呼びのままなのかなって思ってた。今週もなんか無理矢理俺のこと呼ぼうとしない感じあったし。なんで急に?」

「……騎馬戦の前に胡桃と喋ってて思ったんだけど。やっぱり、名前を呼ぶことって、親しみの必要条件だけど十分条件じゃないなって思って」

「あー、それ俺苦手なヤツ。もっと分かりやすく言って」


 本当に、桜井くんはそれが苦手なのだろうか。普段話していれば、苦手じゃないことはバレバレなのに。それとも、授業で習った言葉を使うと拒否反応を示してしまうのだろうか。


「私が昴夜を昴夜って呼んでも、それは私と昴夜が特別に親しいことを意味するものじゃないって話」


 もし、分かっていて促したのだとしても、それはそれで、私がはっきりと口に出して、桜井くんにも私にも言い聞かせることに意味があるというのなら、それはそれでいい気がした。


「……俺なんか意地悪言われてない? 気のせい?」

「気のせいだよ」


 コテン、コテン、と桜井くんは何度か首を左右に傾げた。でも「そっか、気のせいかな」と首を傾げるだけで、それ以上のことは言わなかった。

 蛍さんの読み通り、優勝は赤組だった。蓋を開けてみれば、その得点差はあまりにも歴然としていて、棒倒し、騎馬戦、色別リレーの全てを制したことがいかに優位を得るために重要なものだったかを理解させられた。

 そして、閉会式後の片付けの時間に「みーくーにちゃーん」と九十三先輩に大声で呼ばれるから何かと思ったら、ハチマキを押し付けられた。端には「ツクミ」と下手な字で名前が書いてあるし、私達のハチマキと違って少し色も()せていた。


「……洗ってこいってことですか?」

「え、俺そんな後輩いびりする先輩だと思われてんの? 違うよー、ハチマキあげるよーって話。ほら、誰にも貰われないの寂しいからさ」


 どうやら三年生のハチマキは、制服の第二ボタンと同じく、後輩にとって大事な意味を持つらしい。ただ、少なくとも、先輩のほうから後輩に押し付けるものではないはずだ。

 その意味を知ってか知らずか、九十三先輩は「あ、これ永人のねー。んでこっちは中山のでー」と先輩を代表して私に四本のハチマキを押し付けた。


「……なんで私に」

「だって雲雀とかもらってくれないっしょ? あ、俺ら明後日打ち上げするけど、三国ちゃんも来る? 焼肉」


 なんでこの人達は暑い日に暑いものを食べたがるのだろう……。そこはかとなく疑問だったけれど焼肉なら年中無休だろうか。そんなことを考えながら「……昴夜たちも行くなら」と頷けば、九十三先輩は途端にきょとんと目を丸くする。


「三国ちゃんって昴夜のこと名前で呼んでたっけ?」

「……呼んでましたよ」

「そうだっけ? そっか。雲雀のことも呼んであげなよ。あ、俺は? ケージ先輩って呼ぶのはどう?」

「みんながツクミ先輩って呼ぶので、名前で呼ぶと誰だか……」

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