ぼくらは群青を探している
「そうなんだよなあ、男って意外と名前で呼ばないんだよな。永人はね、蛍って名字がヤだから永人って呼ぶんだけど。あ、だから三国ちゃんも永人って呼んだほうがいいんじゃない?」

「……それはやっぱり関係性というか、距離感というか、そういう問題が」


 くるくると先輩達のハチマキを丸めてポケットに押し込みながら、九十三先輩の隣でテントの骨組みに手を伸ばしたけれど届かず「あー、こういうのはね、女の子は無理無理」と笑われたし、代わりに九十三先輩が解体作業を引き受けてくれた。仕方なく、その背後に立ったまま、テントが解体される様子を眺める。


「……三年生の先輩方って」

「そーだよ、もう残すイベントは文化祭だけ。悲しいよねえ、俺達あと半年もしたら卒業だよ? 寂しいよねえ」

「……なんで蛍さんが私を特別扱いするのか、理由を聞きませんよね」


 突然のジャブに、九十三先輩は無言だった。ガチャガチャと金属音だけが聞こえていて、でも当然、私の声を聞こえていないふりをするには(ささ)やかな音に過ぎなかった。


「……三年生の先輩達は、みんな蛍さんが私を特別扱いする理由を知ってるんですよね」


 私と雲雀くんの関係さえ、デリカシーなくいじり倒し、下世話に首を突っ込んで楽しむほど軽薄な先輩達が、実は一度も蛍さんの愛人説に口を出したことがない。正確には、「愛人」だと笑いはしても、なぜ愛人なのかを問いただしたことが一度もない。

 疑問を口にするのは、せいぜい能勢さんのような二年生だけ。三年生の先輩は、なんなら蛍さんと対等であるはずの三年生のほうが、何も聞かない。それは私が知っている三年生の先輩像とちぐはぐだった。


「知ってると言えば知ってるし、知らないと言えば知らないかなあ」


 ひょいと九十三先輩は鉄パイプを肩に乗せて歩き出してしまう。この隙に聞けないと聞くタイミングがない、逃してなるものか、とその脇に置いてあるテントの布を持って追いかければ「三国ちゃん、とてとてついて来んの可愛いね」といつもの調子で誤魔化された。


「九十三先輩、私は真面目に――」

「分かってる、分かってるって。あんだけ永人に気に入られてるの、謎過ぎて気持ち悪いもんね」

「いや気持ち悪いとかそこまでは言いませんけど……」


 不気味……という感情はちょっと否定できないところがある。自分が無条件に他人に好かれるタイプでないのは分かっているつもりだ。


「まあそんな気にしなくていいんじゃない? あー、でもそっか、この間永人と新庄がどうとか言ってたっけ? んー、永人と新庄はないと思うけどねー。有り得るとしたら三国ちゃんを優先したいとか? そういうことじゃない?」

「……私を優先したいとは……」

「例えば新庄と組まないと三国ちゃんを襲っちゃうよー、とか言われちゃってたり? 俺らなーんも知らないけどね。なくはないよね、永人、三国ちゃん大事だから」

「だからなんで……」

「知ーらないよ。永人が三国ちゃんを大事にしたい理由は知ってるけど、永人が三国ちゃんをどう大事に思ってるのかは知らない。ね、三国ちゃんって、中学校で虐められてたりしたの?」


 脈絡(みゃくらく)のなさそうな、それでいてきっと九十三先輩の中では脈絡のある質問に、つい身構えた。


「……虐めの定義にも、よるかもしれませんけど……別に、ないです。あれですよね、トイレで水をかけられたりとか、牛乳を()いた雑巾を口の中に入れられたりとか、毛虫の絨毯にダイブさせられたりとかそういう(たぐい)の……」

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