ぼくらは群青を探している
「な! 俺もそう言ったんだけどな。恋する乙女じゃねーんだから」


 ……この場において非常に不適切な形容で(ののし)った挙句、九十三先輩は「お、噂すれば永人だ。んじゃ時間は明日連絡入れるからー」と前方を歩く蛍さんを追いかけて行ってしまった。

 沈黙が落ちた。グラウンドの人はまばらで、少なくとも私達の会話がごく自然に耳に入るような距離に人はいなくて、でもきっと私達が喋っているのを見れば、耳を澄ませる人がいるのは分かっていた。


「……赤組優勝だったね、おめでと」

「ああ」


 結果、できるだけ当たり障りのない話を選ぶしかなくなる。雲雀くんがそんなものに興味がないことは分かっていたけれど、場を繋ぐにはそれしかなかった。


「……あと一年生アンカー、すごく速かった。や、身体測定の結果聞いて雲雀くんの足が速いのは知ってたんだけど」

「……まあ、走るなんてサルでもできるだろ」

「でもみんなが速く走れるわけじゃないじゃん」

「結局どう地面を蹴ればいいか分かってるか分かってないかって話だから」

「それは理論の話じゃん、みんながみんな体の動きに変えられるわけじゃないし」

「三国って足速いんだっけ」

「平均。八秒は切らないから」

「平均よりは速いんじゃねーの、それ」

「厳密な女子高校生平均なんて知らないし……」


 下駄箱に靴を入れる間、五組の人がいたので会話は止まった。そのままなんとなく無言になり、そのまま着替えのために雲雀くんは六組、私は五組に戻る。陽菜が先に帰ってきていて「お、英凜、遅かったな」ともう制服に着替えていた。


「……片付けしてた」

「ああ、そういう。あとクラスで打ち上げ行くって話あるけど、お前来る?」

「ううん、行かない」


 朝、おばあちゃんが「今日はトンカツにしようね」と話していたことを思い出す。時間的にはまだ準備はしてないだろうけれど、おばあちゃんなりに体育祭後の私をねぎらいたい気持ちがあるのだと思う。でもそんなことを知らない陽菜は「お前相変わらずノリ悪いな」と笑った。


「てかそっか、雲雀に返事しなきゃだもんな」

「…………分かってるから言わないで」


 本日の最大の難関はいまだびくともせずに私の前に立ちはだかっている。でも、今日に雲雀くんと二人きりになる時間なんてあるのだろうか……。それでも、今日返事をしないと、来週からも毎日が気まずくて仕方がないし、そもそも月曜日は群青の先輩達含めて焼肉に行くのに、そんなところでもまだ返事をしてないなんて自体は避けたいし……遅かれ早かれ決まることだし……。

 悶々(もんもん)と考え込みながら着替えを終え、廊下で待っていた男子が教室の中に戻ってきて、後ろで雲雀くんが座る音に全神経を集中させ、ホームルームの連絡事項を聞き流し、すべてが終わった後に、教室の中からパラパラと人が出て行くのを見守る。


「英凜、今日飯は?」


 カバンを持つ桜井くんに「……今日はおばあちゃんが待ってるから、帰らないと」と返事をしながら、桜井くんがいる限り雲雀くんと二人きりになんてなれないことに気が付く。桜井くん……、桜井くんは何も悪くないんだけど、提出物を忘れてたとか言って、十五分くらい生物教室に行ってくれないかな……。


「あー、てか俺、反省文出せって言われてたんだった」

「え!」

「え?」


 まるで私の念でも通じたかのように、桜井くんはゴソゴソと机の中を漁り始める。驚いて素っ頓狂な声を上げた私に間抜けな声を出しながら、端の折れた原稿用紙を取り出した。


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