ぼくらは群青を探している
「……な……なんの、反省文……?」

「この間、舜と遊んでたときに非常ベル鳴らして怒られた」

「お前ら本当にどうしようもねーな」


 背後から雲雀くんの冷ややかな声が聞こえた。このタイミングで反省文を出すということは九月に入ってからの話であるはずだけれど、そんなことがあった記憶はないので、きっと私がいない放課後の話だろう。特に、今週は桜井くんと二人で帰るのも気まずくて、どうせ方向も違うしと一人で帰っていたし。


「……荒神くんはもう反省文出したの?」

「さあ? アイツの名前が黒板から消えるの見たことないし。つか反省文とか書くことなさすぎて『本当に反省しております』って十回くらい書いたんだけどこれでいいのかな」


 本当に反省していることがよく分かる反復回数だ。つい皮肉が浮かんでしまった。しかも文字数を稼ぐために『しております』とした桜井くんの思考が容易に読み取れた。雲雀くんのいうとおり、本当にどうしようもない。


「てか侑生の真似ればよかった」

「笹部と違って非常ベルは何も悪いことしてねーから無理だろ」


 そこじゃなくない……? 雲雀くんが冗談で言ってるのか本気で言ってるのか分からなくて何もツッコミを入れられなかった。なんなら三人でいるときに何を喋っていいのかも分からなかった。そして桜井くんはそれを察してか察せずか「んじゃ出してくるー。待ってて」とぴらぴらと軽々しく原稿用紙を振りながら出て行ってしまった。

 私と雲雀くんの間には再び沈黙が落ちた。やっぱり返事は今度にして今日は帰ろうかな……と決心を(にぶ)らせる私のお尻を叩くように、教室内からはどんどん人が減っていく。

 それでも、体育祭の余韻(よいん)に浸ってか、だらだらと教室内に残り続ける人はいた。様子をうかがう限り、今から桜井くんが戻ってくるまでの間に帰る気配はない。つまり、ここで偶然に雲雀くんと二人きりになる方法はない。

 じんわりと、自分の耳が熱くなるのを感じる。緊張しているのは分かった。でもどちらにしろ、運よく教室で二人きりになれたとしても、途中で桜井くんが帰ってきてしまったら台無しだ。


「……雲雀くん」


 口にその名前を出した途端、ドッと、心臓が跳ねた。自分の席に横向きに座ったまま、雲雀くんの顔を見ることもできずに、(うつむ)いたまま、スカートの上で拳を握りしめる。


「……なに?」


 雲雀くんの声がいつになく優しく聞こえた。心臓がぎゅっと小さくなってしまった気がした。胸が苦しいとはこういうことを言うのだと思った。拳に緊張を逃そうと更に強く握りしめたけれど、今度は拳に力が入らなくなった。

 だめだ、ちっとも、上手くなんかできない。つい、能勢さんが「大抵の人間は恋愛なんて上手くやれないもんなんだから」と言ってくれたのを思い出した。やっぱりどうして能勢さんは私に親切に――と連想ゲームを始めてしまい、やめろやめろと自分に言い聞かせた。いい加減、現実逃避をしている場合じゃない。


「……話したい、ことが……あるんです、けど……」


 教室に残っている人達に、ギリギリ聞こえるか聞こえないかくらいの声だったと思う。なんなら雲雀くんにすら聞こえたか怪しい。


「……数学教室でも借りるか」


 よかった、聞こえてた。ガタリと隣で雲雀くんが立ちあがる音を聞いてから、私も立ち上がる。拍子に膝がカクンと砕けそうになり、慌てて机に手をついた。雲雀くんは気付かないふりをしてくれたのか、何も言わなかった。

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