ぼくらは群青を探している
 そろりそろりと、そのまま教室を出て、隣の数学教室の扉を開ける。普段使われていないせいか、開けた瞬間に(ほこり)が舞った。カーテンが引かれているせいで、明かりは廊下側から差し込んでくるものしかなく、中は薄暗かった。

 ドクリドクリとうるさく鳴っている心臓を押さえながらおそるおそる奥へと足を進め、ピシャリという音がして飛び上がった。振り向けば、雲雀くんが後手に扉を閉めているだけで何もおかしい光景なんてなかったし、そんな光景を見ずとも、これから話すことを考えればごく自然な行動とそれによる音だと分かったはずだった。それすら判別できないくらい、頭が上手く働いてなかった。

 雲雀くんはゆっくりと腕を組んで、扉脇の柱に背中を預けた。薄明りでも、その表情はよく見える。そしてその表情には、どことなく、何かを諦めたような(かげ)りが差していた。

 それを理解できることこそが、私と雲雀くんの距離だった。


「三国」

「え、な、なに」


 先に口を開いたのは雲雀くんだった。(ちぢ)み上がるような返事をしてしまったせいか「別に取って食いやしねーよ」と笑われ、ほんの少し緊張が緩んだ。それでもまだ心臓はドクリドクリとうるさく鳴っている。


「……なんか気まずそうにしてるから、悪かったなと思って」

「え、いや、別に悪いとかそういうことは……私が上手くやれればいいだけの話だし……」

「……俺だって上手くやってないんだから、三国だけ上手くやる必要なくね」

「それは……そう……なのかな、いやよく分からないんだけど……」


 雲雀くんの目はまっすぐ私を見ていた。それを見続けることができずに、そわそわと視線を彷徨わせる。

 今になって、外で人の声が聞こえていることに気が付いた。もしかしたら、この教室に私達が入るのを見た人もいるかもしれない。そもそも、五組を出るときに、私と雲雀くんが揃って出て行ったのは見られていたかもしれない。いや、見られていたに違いない。でもそんなことを考えている余裕なんてなかったし、今だって、それに気付いたから仕切り直しにしましょうなんて言う気にはなれなかった。

 息を吸おうとして、上手く吸えずに途中で止まってしまった。深呼吸なんてできなかった。ちらと雲雀くんを見て、やっぱりまっすぐ見ることができずに(うつむ)いた。


「……あの、あのね」


 ドッと心臓が跳ね上がった。口に出そうと現に行動に移した途端、自覚した心臓が「まだ心の準備ができてません」と目いっぱいに主張している。じんわりと熱かった耳が、どんどん火照(ほて)ってきているのを感じる。


「……なに……なにから言えばいいのか分からないんだけど……」

「うん」


 ぎゅう、と胸が苦しい。ドクリドクリとうるさく鼓動している心臓とは別の部分が苦しい。このまま息ができなくなりそうだった。


「……結論から言えば……その、雲雀くんのことをそう思ってないのは、事実、で……」


 結論から言えてない……! 口に出した後で間違っていることに気が付いた。でもじゃあ今の発言は取り消しますなんていうのも間抜けだし、ただ結論を言いたくないがための時間稼ぎにしか聞こえない。実際、そんなことはただの時間稼ぎだ。


「……だから、その……」


 続きが言えなかった。気管が閉塞(へいそく)しかけているような息苦しさがあった。五臓(ごぞう)六腑(ろっぷ)が一気に収縮してしまったような緊張感があった。


「……三国」


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