ぼくらは群青を探している
 名前を呼ばれた瞬間、顔が一気に熱くなった。雲雀くんの目を見た瞬間、もう何も考えられなくて、恥ずかしくて死にそうだというたった一言だけが頭に浮かんだ。


「いいよ、別に」


 身構えるように腕を組んだままの雲雀くんが微笑した。

 そう、身構えるように。最初から雲雀くんはずっと身構えるように腕を組んでいた。

 きっと、私の返事に身構えていた。


「……あのタイミングで言うことじゃないと思ってたし、言うつもりもなかったし……三国を――好きなのは本当だし、それがどうってことじゃないけど、三国に言うのは……、三国に伝えるってことだけは、俺の中で誤算っぽいところがあった。いつか、我慢できなくなって言うんだろうけど、卒業まで我慢できたらいいなとか、そういう感じで思ってたし……」


 ギュ、ギュ、と胸が締め付けられた。泣きそうというわけではなかったけれど、目が熱くなった。雲雀くんが私を見続ける間、何度も何度も目を逸らして、また戻してを繰り返してしまった。


「……だから、まあ、あんま気にすんな。俺は言った以上返事が欲しかっただけだから」


 胸から肩まで、肩から背中まで、背中から腰まで、どんどん熱が広がっていく。体が熱い。


「一週間、考えてくれただけで充分だよ」


 優しく見つめ返してくれるその目に、最初から見えていた諦念(ていねん)がはっきりと形になっていく、その過程が見えるようだった。


「……昴夜には俺から言っとくから、今までどおりでいい」


 カラッと音がして、雲雀くんが扉に手をかけていたことに気が付いた。同時に、雲雀くんがこのまま出て行こうとしていることを――言われていることの意味を、やっと理解した。


「じゃ――」

「え、ちょ、ちょっと、待って」


 その腕に(すが)りつくようにして、慌てて引き留めた。驚いた雲雀くんが、多分反射で扉を閉じる。ピシャリという音と共に、もう一度空間が遮断された。


「な、なにか……えっと……だからえっと、私から……話を……しないと」

「……返事さえ分かれば、別に――」

「いや、だから、そうじゃなくて……」慌てて言葉をかぶせながら「その、雲雀くんが言ったことは……そのとおり、なんだけど……」


 体が熱くて、上手く言葉が出てこなかった。見上げた先の雲雀くんが、らしくなく目を見開いていること、その顔があまりに近いことに気が付いて、慌ててさっと顔を下に向けた。


「……けど、その……、そういう話は()いといてってことになってたし……」


 雲雀くんの腕を握りしめたまま、というかその腕に(すが)りついたまま、火が出ていると思えるほどに顔が熱くなるのを感じながら、たどたどしく言葉を紡ぐ。


「……今までも、そういう……雲雀くんの隣で緊張したり、その、笑った顔が可愛いなって思ったり……近くにいると、やっぱり男の子なんだなって思ったり、そういうことがあったから……夏祭りでも、その、怖いとか不安だとかで抱きしめられたいとは思ったけど、それはきっと別に誰でも彼でもよかったわけじゃないし、きっと、それが、ほら、例えば、荒神くんとかだったら、全然抱きつけなかったと思うし……」


 私らしくなかった。口から出して耳から戻ってくる自分の声を聞きながら、なんて酷い文章なんだと頭痛がしそうだった。原因と結果、事実と結論が上手く結びついていない、聞くに堪えない、文字になっていれば見るに堪えない文章だった。


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