ぼくらは群青を探している
 良識のある範囲という非常に曖昧な言い方ではあるけれど、逆に良識がない付き合いといえば、学業に支障が出るまたは学校生活そのものを送ることができなくなるおそれのある付き合い方……。つまり妊娠退学のおそれがあるようなことをするな、と。まさかの疑いが的中した。


「だーよなあー」


 この場で唯一、九十三先輩だけが嬉しそうに雲雀くんの肩に腕を載せる。その得意げな顔を雲雀くんが睨みつけるも、九十三先輩はどこ吹く風だ。


「俺達もそう思うんだよなー。やっぱり高校生たるものピュアに付き合わなきゃ。隣にいるだけで胸がいっぱいで何もできないみたいな、ね!」

「アンタ自身がそんな純粋な人間じゃないでしょ」

「まあまあ、先生、安心してください」


 一体何の保証をしてくれるのかと思いきや、能勢さんはまるで曲芸のようなしなやかな手つきでブルーの携帯電話を取り出す。パチンッとそれを開いて見せてくれたのは──……血判状とそれに無理矢理指印を押させられている雲雀くんだった……。当然というべきかなんというべきか、雲雀くんの双眸(そうぼう)に殺意が宿った瞬間を見た。

 でも能勢さんは気付いていないふりをして次のボタンを押して血判状の写真を見せる。


「『群青における健全なる異性交遊に関する十一ヶ条』、先輩である僕達が責任をもって定めました。ほら、デート禁止ですし、部屋に入れないですし」


 カチカチカチと能勢さんは写真を拡大して先生に見せつける。


「雲雀くんはこう見えて意外と先輩に従順なので、ちゃんと十一ヶ条に従ってくれるはずですよ。ね?」


 ね……って……言われても……。群青の先輩達がそれを定めたのはただのイジメだし……。能勢さんの笑みには、この文脈においてはどう見ても有無を言わさぬ圧しか感じなかった。


「どう見ても無理矢理押させられてるのにそんなの意味ないでしょ」


 そして雲雀くんはその圧をはねのけた。でも九十三先輩が乱暴に雲雀くんの肩を組む。


「まあ雲雀、お前が誓おうが誓うまいが、どーせ誰かが邪魔するから。ここは先生の前でなんもしませんって言っとけ」

「嘘は吐けない性分なんで」

「お前三国ちゃんにキスしてみろ。芳喜がお前にレモン味を上書きするからな」

「自分で上書きしてくださいよ」

「俺は三国ちゃんに上書きするから」

「アンタの発言のほうがよっぽど不純でしょ」


 担任の先生はゴホンゴホンとわざとらしい咳払いをして「じゃあ……そういうことなので、くれぐれも気を付けて……」と曖昧な口調で解放してくれた。主に九十三先輩が横から引っ掻き回したせいで、もはや先生達が出る幕などなくなってしまったので、ある意味先輩達のお陰かもしれない。ただ、職員室を出たところで、九十三先輩に「よかったな、『群青における健全なる異性交遊に関する十一ヶ条』作っといて!」なんて恩を着せられると、やっぱり先輩のお陰なんかじゃないなんて気持ちになってくる。


「っていうか、学校で何もしてないのに呼び出されるなんて、雲雀くんどんだけ信用ないの?」

「全く心当たりがありませんね。俺の学校生活には信用しかないんで」

「笹部殴っといてよく言うよ。あれ、お前どこ行くの」


 職員室を出た後、雲雀くんは私達と真逆に足を向けた。相変わらず不愛想に「自販機行くんで」と振り向きもせずに答える。

 ……こういう場合、彼女は一緒に買いに行くものなのだろうか。でも雲雀くんは何も言わないし、ただこれだけイジメられて雲雀くんが私に声をかけるはずがないし……。

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