ぼくらは群青を探している
 と迷った刹那(せつな)、能勢さんからポンッと軽く背中を叩かれた。


「雲雀くんいじめすぎちゃった。三国ちゃん、一緒に行ってあげな」

「え……」

「先輩が許可する。自販機はセーフ」


 九十三先輩からも背中を叩かれ、先輩達の顔を見比べる。自分がどんな顔をしているかわからなかったけど、能勢さんが「大丈夫」とコソッと耳打ちした。


「雲雀くん、怒ってるわけじゃなさそうだから。三国ちゃんが平気なら平気だと思うよ」


 私が平気なら……とは、私がイジりを気にしてないならという意味か、私が雲雀くんの傍に行くのを気にしないならという意味か、どちらだろう。分からなかったけれど、少なくとも両方とも気にしていないので、能勢さんのいう条件は満たしていた。


「じゃ……じゃあ、すみません、私も……」

「間接チューは禁止な」

「……それはもうしました」

「俺の代わりに一発殴れ。許す」


 そういえば夏祭りにそんなこともあった、と思い出して、ついでにそんなことを言われると食べにくいだの気持ち悪いと思われるだの陽菜と桜井くんが喚いていたことを思い出して笑ってしまった。

 自動販売機のあるところまで行くと、雲雀くんは古いタイプの自動販売機のボタンを押しているところで、気配で気付いたらしく、私が近づくより先に振り向いた。大抵の人は部活の時間であたりには誰もいなくて、ウィーン、という自動販売機の音と、音に近い遠くの部活の掛け声だけが聞こえていた。


「……九十三先輩たち、自販機前はふたりきりセーフだって言うから」

「……あ、そ」


 眉尻を下げ、肩を竦めてみせる。確かに怒ってはいないようだ。雲雀くんは上体を屈めてミルクバニラの紙パックを取り出す。


「……なんか飲むの、三国」

「……私もミルクバニラ」

「ん」


 ひょいっとその手から紙パックを放られて慌ててキャッチした。これは雲雀くんが買ったものでは、なんて口にする前に、雲雀くんはもう次の小銭を自動販売機に入れている。


「え、えーっと……あ、教室戻ったら返す……」

「いいよ、俺が来たから来たんだろ。たかだか八十円だし」

「……でも(ちり)も積もれば」


 雲雀くんと新庄だって、元は百円貸してが塵も積もって度が過ぎてカツアゲみたいになったんじゃないっけ? というか、彼氏と彼女の財布事情ってどうなるんだろう? 陽菜は彼氏に(おご)ってほしいなんて言ってたっけ。でも親からのお小遣いで遊んでる私達にそんな概念は通用しないんじゃないのかな? 合理的に考えて、お互いにお互いのお小遣いの範囲で遊べばそれでいいんじゃないかな?

「確かに、三国はそういうの苦手そうだな」


 二つめのミルクバニラを取り出しながら、まるで心を読みでもしたかのように雲雀くんは苦笑した。


「んじゃ今度俺にミルクバニラ買って」

「……雲雀くんにミルクバニラ買うって字面、可愛いね」

「馬鹿にすんなよ」


 茶化したけど、きっと私は気持ちよく奢って奢られを上手くできないからよかった。ホッと安堵しながら、能勢さんが「雲雀くんがベスト」と言ったことを思い出す。確かに、雲雀くんは話が早いし、こうやって私を見透かしてくれるのは楽だ。


「……イジメ過ぎちゃったって。反省してたよ、能勢さん」

「してねーだろ、あの人。まだイケるイケるって絶対思ってる」


 ……まあ、そうか、そうなんだろうな。能勢さんも九十三先輩も、そういう距離を保つのが上手な人だから。今度は私が苦笑してしまう番だった。

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