ぼくらは群青を探している
「……言ったろ、元々言うつもりなかったって。大体、あれこれ姑息な真似したところで三国に好かれるわけねーってことくらい笹部見てれば分かるっての。アイツより百億倍マシな男な自信はあるけどな」

「……比べるのももったいないくらい、雲雀くんのほうが恰好良いよ」

「……あんなのより恰好いいって言われてもな」


 笑い飛ばすくせに、その口角がちょっとだけ上がっていることに気付いてしまった。まるで全く意味がなくても「恰好いい」というその形容に──舞い上がっているとまでは言わないけれど──少なからず喜んでしまっている、その内心を盗み見てしまった気がして、慌てて視線を逸らした。

 ……なんだか、他人に好かれてることを明確に認識してる状況って、思ってたより恥ずかしい。


「……何の話だっけ」その恥ずかしさを誤魔化すために慌てて言葉を紡いで「そう、だから、先輩にお試し期間って言うって話。それはやめよ、ね?」

「……お前マジで先輩らにあんだけイジられてるけどいいのかよ」

「それは雲雀くんも同じじゃん?」

「……お前は好きでもない男とあれこれ言われてんだろ」

「……私が雲雀くんのこと好きじゃないって口にするの、やめない?」


 ゆっくりとその場に座り込み、目線を合わせた。残暑の日陰特有の、廊下のひんやりとした温度がスカート越しにお尻に伝わる。


「……なんか、言葉に出すと認識を操作されそう」

「……事実なんだから操作もなにもないだろ」

「……気付いてないだけなのかもしれないって話したじゃん」

「……んじゃどうやったらそこは判別できんの」

「……私が知りたいんだけど、それこそ──」


 それこそ雲雀くんはなんで……と言いそうになって慌てて呑み込んだ。

 でももう遅い。雲雀くんの目だけが私を見たのが分かった。


「……まあ言われてみたらなんで区別できんのかって難しいな」


 ズズ、と雲雀くんが残り少ないミルクバニラを(すす)る音がして、雲雀くんはカラカラと紙パックの中身を確認するようにを揺らした。


「俺だって、いつから好きだったとか言われたらもっと分からねーし。なんとなく興味はあったけど」

「そ……それはなぜ……なのか聞いてもいいですか」


 それは、正直にいえばあまりよくない好奇心だった。はっきりとそうだとは言えないけれど、ともすれば雲雀くんに好かれていることの優位性を確認したいとか、自己承認欲求を満たしたいがゆえの発言だと捉えられても言い訳はできなかった。

 でも雲雀くんはそれほど気にした様子はなく「んー……」と首を捻った。


「入学式ン時、言ったろ。俺、一番で入れると思ってたから、普通にびっくりした」


 ……そんなこと? ドラマチックな何かを良そうしていたわけではなかたけれど、さすがにそれは予想外だった。ぱちくりと目を瞬かせたけど、雲雀くんは膝の上に肘をついて「マジで灰桜高校(はいこう)程度ならぶっちぎりの自信あったからな」と口を尖らせる。


「しかも普通科だし。まあなんか陰気だし、優等生っぽいっちゃぽいけど、そんなガリ勉に負けっかなあって」

「……なんか雲雀くんによる私の第一印象最悪じゃない?」

「んー、でも特別か普通かって聞かれたら普通だなつってたろ。あー、コイツ面白いなって」

「……そんなに?」

「海で話したろ、人間自分を特別って思いたいもんだって。それを高一で『自分って普通だな』って思ってんの、どんだけ達観してんだよって」


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