ぼくらは群青を探している
……それは私が一色市に引っ越しをさせられた理由と関係しているかもしれない。あたかも異常のように言われたから、特別だろうがなんだろうが、その異常性はないと信じたかった。その意味では、達観しているというのは買い被りだった。
「ぼーっとして見えるけど、喋ったら、あ、コイツ頭良いなって思ったし。喋っててコイツ頭良いなって思ったのって……多分初めてだった気がする。そういう意味では、ありがちに周りにいないタイプだったとか、そういうことがきっかけだったのかもな」
「……なるほど……」
「……でも、いつから好きだったんだろうなあ」
自分でも判然としていないような、不思議そうな声だった。
「……昴夜が」桜井くんの名前を聞いた瞬間、私の心臓は跳ねた。でも雲雀くんは気付かないらしく「三国がピアノ上手かったって言ったときに、ピアノも弾けんのか、聴いてみたいなってのは思った。でもその時に昴夜だけ聞いてんのズルいなとまでは思わなかったし……。ああ、でも新庄に手出されたって分かったときは結構ムカついたな」
「……そういえば、そんなこともあったね」
「そんなことじゃねーだろ。……でも新庄のことは元から嫌いだしな、また俺の周りにちょっかいかけ始めやがったってイラついただけって言われたらそんなもんかもしれない。でも先輩らの勉強会が始まって、俺が三国にとって『群青メンバー』以上じゃなくなるのは、ちょっとなと思ったから、あの時にはそういう意味で気になってたのかもな」
「……じゃ、六月くらい……?」
「……多分。でも三国のこと好きなんだなって思ったのは、夏祭りだったから、結構長く気付かなかったな」
夏祭りの何がどう作用して? なんて聞くまでもなかった。私の浴衣姿がどうだとか、笹部くんが出てきたことだとか、そんなことが月並みに雲雀くんの琴線に触れるはずがない。
さすがの私も察していると分かるのだろう。お互い無言になってしまった。
手持無沙汰だったのか、気まずさゆえの時間稼ぎなのか、雲雀くんはゴミ箱に向けて紙パックを放った。綺麗な弧を描いてポスッと落下した。それに続こうと私も紙パックを投げたけれど、コンッと枠に弾かれて床に転がってしまった。仕方なく立ち上がって、ゴミ箱まで近づいて屈みこみ、それを拾い上げる。
「……殺してやりたいって思ったんだよな」
……拾い上げた紙パックを手放そうと頭で考えるより先に、背中から聞こえたその言葉に反応して手から力が抜けた。カラン、と空の紙パックが虚しくゴミ箱の中に落ちる。
「……三国が犯されそうになってたって分かった瞬間、目の前が真っ赤になった。冗談抜きで、殺してやりたいって思ったよ。……最後まで手出されてたら殺してたかもしれない。正直、三国に触ってたヤツの腕を折るまで、自分が何してたか覚えてない。三国がどこまでどうなってるか確認しようとして、三国を見て我に返ったからあれで済んだけど」
まるで当時の殺意が今でも鮮明であるかのような口ぶりに、おそるおそる振り向いた。でも、逆に、振り返ることができていることに裏打ちされているとおり、その目に浮かんでいる感情は冷静そのものだった。
「……人一倍共感力が高いとか、そういうのは俺にはない。こう言っちゃなんだけど、池田が同じ目に遭ってたときに相手を殺すかって言われたらそこまでブチ切れやしない。もっと冷静に、その場から逃がすのが先決だって判断できる」
「ぼーっとして見えるけど、喋ったら、あ、コイツ頭良いなって思ったし。喋っててコイツ頭良いなって思ったのって……多分初めてだった気がする。そういう意味では、ありがちに周りにいないタイプだったとか、そういうことがきっかけだったのかもな」
「……なるほど……」
「……でも、いつから好きだったんだろうなあ」
自分でも判然としていないような、不思議そうな声だった。
「……昴夜が」桜井くんの名前を聞いた瞬間、私の心臓は跳ねた。でも雲雀くんは気付かないらしく「三国がピアノ上手かったって言ったときに、ピアノも弾けんのか、聴いてみたいなってのは思った。でもその時に昴夜だけ聞いてんのズルいなとまでは思わなかったし……。ああ、でも新庄に手出されたって分かったときは結構ムカついたな」
「……そういえば、そんなこともあったね」
「そんなことじゃねーだろ。……でも新庄のことは元から嫌いだしな、また俺の周りにちょっかいかけ始めやがったってイラついただけって言われたらそんなもんかもしれない。でも先輩らの勉強会が始まって、俺が三国にとって『群青メンバー』以上じゃなくなるのは、ちょっとなと思ったから、あの時にはそういう意味で気になってたのかもな」
「……じゃ、六月くらい……?」
「……多分。でも三国のこと好きなんだなって思ったのは、夏祭りだったから、結構長く気付かなかったな」
夏祭りの何がどう作用して? なんて聞くまでもなかった。私の浴衣姿がどうだとか、笹部くんが出てきたことだとか、そんなことが月並みに雲雀くんの琴線に触れるはずがない。
さすがの私も察していると分かるのだろう。お互い無言になってしまった。
手持無沙汰だったのか、気まずさゆえの時間稼ぎなのか、雲雀くんはゴミ箱に向けて紙パックを放った。綺麗な弧を描いてポスッと落下した。それに続こうと私も紙パックを投げたけれど、コンッと枠に弾かれて床に転がってしまった。仕方なく立ち上がって、ゴミ箱まで近づいて屈みこみ、それを拾い上げる。
「……殺してやりたいって思ったんだよな」
……拾い上げた紙パックを手放そうと頭で考えるより先に、背中から聞こえたその言葉に反応して手から力が抜けた。カラン、と空の紙パックが虚しくゴミ箱の中に落ちる。
「……三国が犯されそうになってたって分かった瞬間、目の前が真っ赤になった。冗談抜きで、殺してやりたいって思ったよ。……最後まで手出されてたら殺してたかもしれない。正直、三国に触ってたヤツの腕を折るまで、自分が何してたか覚えてない。三国がどこまでどうなってるか確認しようとして、三国を見て我に返ったからあれで済んだけど」
まるで当時の殺意が今でも鮮明であるかのような口ぶりに、おそるおそる振り向いた。でも、逆に、振り返ることができていることに裏打ちされているとおり、その目に浮かんでいる感情は冷静そのものだった。
「……人一倍共感力が高いとか、そういうのは俺にはない。こう言っちゃなんだけど、池田が同じ目に遭ってたときに相手を殺すかって言われたらそこまでブチ切れやしない。もっと冷静に、その場から逃がすのが先決だって判断できる」